『THE BATMAN-ザ・バットマン-(字幕・Dolby Cinema)』

丸の内ピカデリー、Dolby Cinemaスクリーン、入口前に掲示された『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のDolby Cinema限定ポスター。
丸の内ピカデリー、Dolby Cinemaスクリーン、入口前に掲示された『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のDolby Cinema限定ポスター。

原題:“The Batman” / 監督:マット・リーヴス / 脚本:マット・リーヴス、ピーター・クレイグ / 製作:ディラン・クラーク、マット・リーヴス / 製作総指揮:サイモン・エマニュエル、ウォルター・ハマダ、マイケル・E・ウスラン、シャンタル・ノン・ヴォ / バットマン創造:ボブ・ケイン、ビル・フィンガー / 撮影監督:グレイグ・フレイザー / プロダクション・デザイナー:ジェームズ・チンランド / 編集:ウィリアム・ホイ、タイラー・ネルソン / 衣装:ジャクリーン・デュラン / キャスティング:ルーシー・ベヴァン、シンディ・トラン / 音楽:マイケル・ジアッチーノ / 音楽監修:ジョージ・ドレイコリアス / 出演:ロバート・パティンソン、ゾーイ・クラヴィッツ、ジェフリー・ライト、コリン・ファレル、ポール・ダノ、ジョン・タトゥーロ、アンディ・サーキス、ピーター・サースガード、ジェイミー・ローソン、ルーク・ロバーツ、ルパート・ペンリー=ジョーンズ、アレックス・ファーンズ、バリー・コーガン / 6th&アイダホ/ディラン・クラーク・プロダクションズ製作 / 配給:Warner Bros.
2022年アメリカ作品 / 上映時間:2時間55分 / 日本語字幕:アンゼたかし
2022年3月11日日本公開
公式サイト : http://thebatman-movie.jp/
丸の内ピカデリーにて初見(2022/3/11)


[粗筋]
 思わぬ接戦に湧き立つゴッサム・シティの市長選挙に、更なる衝撃が走った。劣勢に立っていた現市長ドン・ミッチェル・Jr.(ルパート・ペンリー=ジョーンズ)が自宅で何者かに殺害されたのである。遺体の頭はガムテープが巻かれ、そのうえに“No More Lies”というメッセージが記されていた。更に、遺体の傍らには、“バットマンへ”という宛名を添えた、暗号めいた手紙も残されていた。
 バットマンは2年前に現れた、夜の闇に紛れ悪党たちと戦う仮面の男である。警察組織で唯一、この謎の男と接点のあるジェームズ・ゴードン警部(ジェフリー・ライト)は、ピート・サヴェージ市警本部長(アレックス・ファーンズ)に睨まれながらもバットマンを現場に通し、検証に協力させた。コンタクト・レンズに仕込んだカメラでメッセージの内容を記録したバットマンは、アジトでそこに記された暗号の解読を試みる。
 この仮面の男の正体は、ゴッサム・シティ最大の企業であるウェイン社の若き経営者、ブルース・ウェイン(ロバート・パティンソン)である。彼は経営を重役たちに任せ、自身はそのありあまる財産を駆使して、銃弾も通さないスーツを筆頭とした最先端のギミックを製造、SASに所属していた執事アルフレッド・ペニーワース(アンディ・サーキス)の手解きで身につけた戦闘能力と共に用いて戦い続けている。
 アルフレッドの協力も得て、犯人の暗号を解き明かしたバットマンは、ゴードン警部と共に暗号が指し示した場所を探す。そこにはUSBメモリが残されており、現市長の醜聞を捉えた写真と、犯人らしき男が自らを撮した映像が収められていた。USBは解除と同時にデータが各マスコミに送信されるよう設定されており、瞬く間に情報は世間へと拡散されてしまう。
 映像のなかで《リドラー》(ポール・ダノ)は、まだ犯行を繰り返すことを予告した。バットマンは犯人が残した写真に、市長と共に、暗黒街との関係の深いオズワルド・“オズ”・コブルポット、通称《ペンギン》(コリン・ファレル)が写っていたことから、彼の経営するクラブへと乗り込んでいく。
 このときブルースはまだ気づいていない――《リドラー》との対決が、ブルース自身が抱える闇を晒そうとしていることに――


丸の内ピカデリー、Dolby CinemaスクリーンのAVP(オーディオ・ヴィジュアル・パス)に表示された『THE BATMAN-ザ・バットマン-』特別映像のひとコマ。
丸の内ピカデリー、Dolby CinemaスクリーンのAVP(オーディオ・ヴィジュアル・パス)に表示された『THE BATMAN-ザ・バットマン-』特別映像のひとコマ。


[感想]
 私がちゃんと鑑賞している《バットマン》の映画はクリストファー・ノーランによる《ダークナイト》トリロジーと呼ばれる3部作から、なので、このキャラクターの本質を深く理解している、とは思わない。だが、21世紀に入ってからのバットマン長篇映画をひととおり観てきたことで、このヒーローの抱える主題、目指そうとしているところは見えてきたように思う。
 バットマンは、他のアメコミ系ヒーローと異なり、超常的な能力を持たない。強いて言うなら、非常な資産家、というくらいだ。だがその事実ゆえに幼くして両親を奪われ、自らの身を守るため戦闘力を高める必要に駆られる。そして成長し、財産も戦う技術も得たことで、やがて悪に恐怖をもたらす存在《バットマン》として覚醒していく。ありあまる財産により、桁外れに防御に優れたスーツや、様々なギミックを独自に開発して活用しているが、それを扱う本人は、飛ぶこともビームを出すことも出来ない、生身の人間だ。それゆえに、『ジャスティス・リーグ』のようにヒーローたちが集結する作品では、どうしても戦闘能力に見劣りがしてしまう。忍者にも近い神出鬼没ぶりで攪乱するか、或いは、その頭脳を駆使して司令官的な立ち位置で貢献するかたちとなる。
 そうした《バットマン》というキャラクターの背景、特性は実のところ、超人が集結する『ジャスティス・リーグ』よりも、やはり特殊能力を持たない“人間”のなかの悪と対峙するときに本領を発揮する。そして、その個性を活かすのも、やはり決して突飛な特殊能力を持った人間ではなく、より知性的に振る舞う“犯罪者”だ。
 本篇劇中で、バットマンをマスメディアが“Vigirante”=“自警団”と説明しているところが幾つかある。行政に拠らず、悪事や犯罪に対処すべく私的に組織、行動するためにそう呼ばれるわけで、アメコミなどに登場するヒーローは概ね同様の存在として扱われる(マーヴェルの《スパイダーマン》もそう呼ばれる場面があったはずだ)。しかし、その中でも、強盗や暴力沙汰にリアルタイムで駆けつけて臨機応変に対応するだけでなく、その行動を予測して追い、効果的に恐怖を植え付けることで抑止力になろうとするバットマンのスタンスは、“探偵”という役割に親和性が高い。
 故に、連続殺人犯というかたちで現れた《リドラー》という敵に、ゴードン警部の協力も得て捜査することで迫ろうとする本篇の趣向は、《バットマン》というヒーローを描く上で最高の切り口だ、と思ったのだ。
 期待は間違いではなかった。本篇は、《バットマン》の深奥に切りこむ、という意味では、大傑作『ダークナイト』を軸とする3部作にも劣らない成果を上げている。個人的には、ヒース・レジャー演じる《ジョーカー》の凄みに持って行かれた感のあるトリロジーよりも、《バットマン》という題材を存分に表現しきった、とさえ感じた。
《バットマン》ことブルース・ウェインが抱く“悪”への憎しみは、幼くして両親を奪われた怨みが原点となっている。それは悪に対する執念を生み、積極的な活動に繋がっているが、一方で暴走の危険をも常に孕んでいる。本篇はそれを、まるでホラーのような演出で表現した。その発想自体は、ノーラン監督よりも前、近年の黒を基調としたスーツを採り入れたティム・バートン監督版から受け継いだものだが、本篇はマット・リーヴス監督の重厚な画面作りと相俟って、本当に迫ってるような怖さがある。アジトに戻り、マスクで覆えない目の周りを塗ったメイクも落とさずに、得た情報を検証する姿には鬼気迫るものを感じるほどだ。唯一の家族と言える執事アルフレッドがそんな彼を見守る表情も、狂気や危うさを浮き彫りにする。とりわけ、中盤で見せ場となっているバットモービルによるカーチェィスなど、むしろ悪玉のほうに同調して慄然とするほどだ。
 また、このバットマンの“闇”を露わにしていくリドラーの細工が巧妙だ。『セブン』にも似たサイコサスペンスの手法で、バットマンに対して謎掛けというかたちで戦いを挑み、翻弄する。バットマンも、ただ出された謎を解くだけでは後手に回ることを承知しているので、その意図を探り先回りを試みるが、そのプロセスが尚更にバットマンを暴走へと誘っていく。ヒーロー映画らしく、随所にアクションをきちんと織り込んでいるのに、本篇は知的な心理サスペンスの興趣も存分に含まれている。如何せん、本篇の謎解きのほとんどはリドラーの仕掛けの一部であり、解けたところで既に次なる犯行の布石となっているため、カタルシスにはなかなか繋がらないが、スリルと興奮は著しい。
 そして、その追跡劇の過程で、《バットマン》ことブルース・ウェインという存在が孕む原罪を突きつけられる。序盤から描かれていた、バットマンというヒーローの持つ危うさと相俟って、それは彼の信念すら揺さぶる。従来のバットマンを題材とした映画と基本的な設定は一致しているが、その枠の中でも成立しうる趣向には、きちんとシリーズに対するリスペクトも感じられるし、そのうえでさながら神話めいたドラマを構築していることに唸らされる。しかもそれが、まさにヒーローとしての原点に立ち戻る感動的なクライマックスへと結びついていくのだから、間然するところがない。
 21世紀に入ってからの《バットマン》映画はいずれも、別の単語を添えたタイトルだったり、『ダークナイト』のようにある側面を象徴するタイトルであることが多かった。それに対して本篇は、冠詞を添えただけの『ザ・バットマン』である。公表された当時は、随分とシンプルにしたな、と思っただけだったが、完成した本篇を観たいまは、他に理想的なタイトルなどなかった、と感じる。これこそ、他のどのヒーローとも違う出自とスタンスを持つ《バットマン》そのものの映画だ。
 私がアメコミ映画を積極的に観るようになったきっかけは『ウォッチメン』だった。DCでは許されなかった題材を、似たような発想のヒーローたちに代弁させて描き、そこにミステリ的な興趣さえも加えたこの作品はずっと私にとって最愛の映画のひとつだった。本篇は、同じようなライン上にありながら更にミステリアスで、それでいてヒーローの本質により迫ろうとしている。間違いなく、近年のヒーロー映画最大の収穫のひとつと確信する――しかも、他のDCコミック原作映画と一線を画したことで、予備知識や予習がなくとも楽しめるのだから。


関連作品:
バットマン・ビギンズ』/『ダークナイト』/『ダークナイト ライジング』/『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』/『ジャスティス・リーグ』/『ジョーカー
クローバーフィールド/HAKAISHA』/『モールス』/『猿の惑星:新世紀(ライジング)』/『ザ・タウン
TENET テネット』/『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』/『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』/『ウォルト・ディズニーの約束』/『それでも夜は明ける』/『エクソダス:神と王』/『ブラックパンサー』/『ナイト&デイ』/『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命(いのち)の泉』/『マッチポイント』/『キャッシュトラック』/『エターナルズ(2021)
ウォッチメン』/『チャイナタウン』/『羊たちの沈黙

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