TOHOシネマズ日本橋、スクリーン4入口脇に記されたタイトル。まあチラシはないよね。
原作&監督:山田洋次 / 脚本:山田洋次、森崎東 / 製作:上村力 / 企画:高島幸夫、小林俊一 / 撮影:高羽哲夫 / 照明:内田喜夫 / 美術:梅田千代夫 / 装置:小野里良 / 編集:石井巌 / 録音:小尾幸魚 / 整音:松本隆司 / 音楽:山本直純 / 出演:渥美清、倍賞千恵子、光本幸子、笠智衆、志村喬、森川信、前田吟、津坂匡章(秋野太作)、佐藤蛾次郎、関敬六、三崎千恵子、太宰久雄、近江俊輔、志賀真津子、津路清子、村上記代、石井愃一、市山達己、北竜介、川島照満、水木涼子、谷よしの、山内静夫 / 配給&映像ソフト発売元:松竹
1969年日本作品 / 上映時間:1時間31分
1969年8月27日日本公開
2019年12月25日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon|:Amazon Prime video]
公式サイト : https://www.tora-san.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2020/06/09) ※《男は》特集上映
[粗筋]
東京の下町、葛飾の柴又帝釈天ではその日、庚申祭が催されていた。渡し船を使い江戸川を渡ってきたスーツの男が、行列の先頭に立つ衆から纏を奪うと、威勢良く振り回し始める。行列が帝釈天に着くと、その男は帝釈天の住職、通称御前様(笠智衆)に駆け寄り、喜色に満ちた表情で車寅次郎(渥美清)と名乗った。
寅次郎は柴又の地で団子屋“とらや”を営む車平造が芸者に生ませた息子だった。平造と大喧嘩の果てに家を飛び出し、以来20年も消息を絶っていた。その間に平造と正妻、腹違いの兄は亡くなり、いまは平造の弟・竜造(森川信)とその妻・つね(三崎千恵子)が“とらや”を受け継ぎ、唯一残った末娘・さくら(倍賞千恵子)と同居していた。
幼い頃に出奔したため、最初は寅次郎を認識しなかったさくらだったが、兄だと知ると歓喜する。折しもさくらには、勤め先であるオリエント電子の取引先から縁談が舞い込んでいた。自分たちが立ち会うよりも肉親の方が相応しい、と竜造は寅次郎に同席を促す。
しかし、寅次郎の振る舞いは最悪だった。およそ場に相応しくない冗談を連発し、とうとう先方の親が中座してしまう。見合いをぶち壊したことに竜造は激高、大喧嘩の末にふたたび寅次郎は柴又を去ってしまった。
それからひと月、“とらや”に御前様の娘・冬子(光本幸子)から手紙が届く。父とともに奈良を旅していた冬子は、そこでバッタリと寅次郎に遭遇したという。京都で知り合った外国人に気に入られた寅次郎は、彼らを案内して奈良まで渡ってきたらしい。寅次郎は、幼少時に“出目金”と馬鹿にしていた冬子の容貌に一目惚れしてしまい、そのまま彼女たちに付き従う格好で柴又に舞い戻ってきた。
ふたたび帰還するなり、寅次郎は“とらや”と軒を接する印刷会社の職工たちともめ事を起こす。見合いを破談にしたことを気に病んだのか、寅次郎はさくらを条件のいい相手に嫁がせようと考えており、さくらに軽率に近づく職工たちを快わず口汚く罵る。かくして発生した紛争に決着をつけるべく、職工の代表・博(前田吟)と寅次郎は江戸川の屋形船で話し合いに臨む。だが、話題は気づけば思わぬ方向に転がりはじめてしまう――
[感想]
最初はテレビドラマとして制作された『男はつらいよ』は、主人公・寅さんのキャラクターもあって好評を博したという。しかし、最終回にて寅さんがハブに噛まれて絶命する、という結末に抗議が殺到、そうした声を受けて製作されたのが、映画版である本篇だった。そんな経緯から、その後50年、50作にも及ぶシリーズに成長していくのだから、世の中何が起こるか解らない。
制作から50年を経たいま鑑賞すると、寅さんはだいぶタチが悪い。暴力を振るう親と対立して飛び出すのはしょうがないにしても、もっとも敏感だった時期、傍にいることをしなかった妹の縁談にのこのこと同席し、粗野な言動でブチ壊しにする。批判を受けると口角泡を飛ばし反論するが、言い始めと終わりとでその趣旨が正反対になることがいちどや二度ではない。怒ると安易に手を出すのも、現代の感覚からするとだいぶ危ないひとになってしまう。
ただ、それでもこの“寅さん”というのが憎めない人物であるのもまた確かなのだ。思い込みが早く身勝手でおっちょこちょい、ふらりと現れて騒動を起こしては飛び出し、をこの1本の映画のなかでも二度繰すような風来坊だが、決してそこに悪意はない。妹の縁談に顔を出すのも、長年ほったらかしていたことへの罪悪感と義務感があってこそだろうし、その妹の恋愛に口を挟むのも、彼女の将来を慮ってのことだ。
粗筋では触れるゆとりがなく省いてしまったが、弟分である川又登(津坂匡章)の扱いがそれを象徴している。寅さんと同じ的屋稼業だが、およそ才能があるとは思えない。柴又で彼を見つけると代わりに口上をまくし立てて商売を取り仕切り、とらやに連れ帰ってしまう。直後に寅さんは家族と揉めて飛び出すが、登は残していってしまう――薄情、とも捉えられるが、その後の彼との接し方を考えると、そこにも配慮があったように読み取れる。頭に血が昇ったのと、居たたまれずに登のことまで気遣えなかった、という事情もあるにせよ、寅さんは決して登を粗略には扱っていない。
そういう人の好さがやがて伝わるのか、気づけば寅さんは長年留守にしていた柴又に居場所を得ている――或いは取り戻している。それが明白に窺えるのがクライマックスに据えられたイベントだ。この場面、主役は寅さんではないはずだが、誰かが彼のエピソードを口にするたびに笑いが湧く。それはこのあと、本篇で最も印象深いひと幕への導入ではあるが、本篇が寅さんという、トラブルメーカーではあるが憎めないひとを中心に物語が紡がれていることを如実に示している。最終的には名優・志村喬に持ってかれた感はあるが、それでもこの一場面もまた寅さんがいてこそ成立する。
色々あって私がこれまでにきちんと鑑賞した“寅さん”シリーズ作品は、渥美清のいない状態で製作された50作目だけなのだが、そんな私にも多少なりともシリーズについての知識があって、本篇にはシリーズの名物キャラ、特徴的な要素がまだ出揃っていないことは解る。だが、本篇には作品として必要なものはもうすべて揃っており、単独でも充分すぎるほど魅力的だ。
物語としても完結しているし、細かな要素はまだ出揃っていないとは言い条、大枠は完成されており、続く作品は恐らく本篇の主要素の反復に過ぎない。だから本篇だけで締めくくり、後の話など観なくてもいい、とも言えるのだろう。しかしそれでももう一度会いたい、もっと掘り下げてみたい、と思わせる力が本篇の寅さんには確かにある。何を求められていたか、をよく理解していた作り手が、あえて様式化してまで繰り返し彼の新しい物語を撮り続けたのも納得がいく。
関連作品:
『幸福の黄色いハンカチ』/『たそがれ清兵衛』/『隠し剣 鬼の爪』/『武士の一分』/『家族はつらいよ』/『家族はつらいよ2』/『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』/『砂の器』
『散歩する霊柩車』/『駅 STATION』/『赤ひげ』/『日本のいちばん長い日<4Kデジタルリマスター版>(1967)』/『八甲田山<4Kデジタルリマスター版>』/『野良犬』/『秋刀魚の味』/『死者との結婚』/『リターナー』
『ALWAYS 三丁目の夕日』
コメント
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