赤い竪琴

赤い竪琴 『赤い竪琴』

津原泰水

判型:四六判ハード

版元:集英社

発行:2005年01月30日

isbn:4087747328

本体価格:1700円

商品ページ:[bk1amazon]

 太平洋戦争中、爆撃された輸送船と運命を共にした夭折の詩人・寒川玄児。祖母の遺品に、彼が託した日記を手にした入栄暁子は、遺族のもとに返すため、ネット検索で発見した“ラ・オクタヴ”という料理店に玄児の孫・寒川耿介を訪ねる。その無愛想とも見える言動に距離感を覚えながら、それでも暁子は彼に惹かれていく自分を感じる。ある日、思いがけず前に現れたかつての恋人に動揺した暁子は、偶然の成り行きからしばらく耿介の工房に身を寄せることになるが……

 ……粗筋が書きにくい。普通に出来事だけを拾い出していくと、今日日珍しいまったりとした少女漫画のような、胸中にちりちりとした熱とも焦りともつかない感覚を齎すけれど派手とは言い難い出来事が続く。だから、粗筋は非常にシンプルで、主要なところだけ書き出していくと際立った箇所がない。

 だが、点綴される出来事とその文章が実に端正で、ひとつひとつが印象深い。第一章“音”で語られるコンソートと耿介の手がける楽器にまつわる描写、“ラ・オクタヴ”に関係する人々と耿介との微妙な繋がり、暁子の感情や嗜好、かつての恋人・百目鬼学の設定、そうした登場当初は明確な繋がりを他の事象とのあいだに持たない、けれど優美な彫り物のような場面や描写が折り重ねられていく。

 そうした積み重ねが終幕であるものは結びつき、あるものは解れていくことで物語を彩る。予定調和をひたすら裏切りながら、最後にはしかしいちばん有り体の場所へと着地するのだが、その過程にまったく嫌味がない。随所で描かれた出来事や情景がこのラストを最も収まりのいい場所として指し示しているからだ。

 強いて言うなら、終盤で暁子の躰に起きる変調についてもう少し解りやすい伏線が欲しかったと思うのだけど、そんなのは重箱の隅をつついているだけに過ぎない。まさにこの作品は題名通り、恋愛小説という表現方法を駆使して描かれた“赤い竪琴”そのものなのだろう。はじめに爪弾いた一弦の音色が拡がり、共鳴して大きな響きへと変容していく。

 本当に、丹誠籠めて組み上げられた楽器のような余韻を残す佳編である。手近なところに置いて、思いついたときにふと最初から読み返してみたくなるような。

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