厭魅(まじもの)の如き憑くもの

厭魅(まじもの)の如き憑くもの 厭魅(まじもの)の如き憑くもの』

三津田信三

判型:四六判ハード

レーベル:MYSTERY LEAGUE

版元:原書房

発行:2006年2月20日

isbn:4562039833

本体価格:1900円

商品ページ:[bk1amazon]

 昭和三十年代、辺境にある神々櫛(かがぐし)村にて、憑き物筋にあたりながら神櫛(かみぐし)家と並ぶ名家であり、代々祈祷者を育てている谺呀治(かがち)家を舞台に、奇怪な事件が続発する。谺呀治家の巫女である祖母・叉霧の憑座として祈祷に従事する紗霧の生霊らしきものが徘徊し、神櫛家に育ちながら紗霧と親しくし、因習を忌み嫌い論理的な思考を重んずる漣三郎はその信念が揺らぎかねない出来事に繰り返し遭遇する。そして事態は、叉霧の弟にあたる勝虎の死を契機に惨劇へと発展していく……すべては谺呀治家が祀り、神々櫛村とその周辺に暮らす者が等しく畏怖する“カカシ様”の仕業なのか? 取材のために現地を訪れていた怪奇小説家の刀城言耶は、図らずも事件の謎に肉薄していくことになる……

 これまで発表した作品はすべて何らかのメタ・フィクション趣向が盛り込まれていたが、本編は長篇としては初めて“三津田信三”が登場していない。但し、作中人物の研究対象として『蛇棺葬』『百蛇堂』で登場した土地と習俗に言及している箇所があり、間接的にメタの領域に踏み込んでいるとも言えるが、このあたりは旧作から読み続けている熱心なファンに対するちょっとした擽り程度に捉えるのが無難だろう。

 メタ・フィクション趣向こそないが、しかし作品には著者らしさが横溢している。民俗学の知識に根ざした憑き物筋についてのふんだんな記述、怪談話にはにわかに飛びつく実質的な語り手・刀城の肉付け、そして粘度の高い独特の筆致などだ。それ故、旧作からの読者には親しみやすい世界観であるが、反面強い癖があって、初見の読者には取っ付きにくいかも知れない。特に本書の場合は、極めて複雑怪奇な人間関係、込み入った背景を備える習俗を説明するために、ただでさえ粘性の強い文章を更に晦渋に用いているので、人によっては馴染むのに些か時間がかかるだろう。この文体と、頻繁に過去へ遡り思索に陥る語り手たちの人物造型のために、中盤ぐらいまでは物語の進行が遅くなっているのも人によってはもどかしく感じられるに違いない。

 しかし中盤以降は畳みかけるように惨劇が巻き起こり、それまでは怪しげな影であったり異様な気配とちらつく程度の怪異であったものが、具体的な悪意となって迫ってくるため、緊張感の高まりと共に物語の牽引力が増していく。すべてが密室ものとなっている点も含め、このあたりは怪奇テイストながら本格ミステリであることへの拘りがものを言っている。

 そして、こうした不条理な惨劇の数々を締めくくる解決編の衝撃が特に素晴らしい。整理のつかないまま謎解きに臨み、そうして状況を整理していくうちに次第に浮かび上がっていく真実。すべてにトドメを刺すアイディアは、はっきり言ってしまえば前例があるのだが、著者ならではの調理法で見事に効果を上げている。解決はいっそ陳腐と言えるほどに合理的だが、それ故におぞましさを秘めており、本格ミステリにしてホラーでもある、という二面性を成り立たせている。

 出来ればもうひとつ、“鮮やか”と形容できるくらいに整った構成を解決編に施していれば、ラストの不気味な余韻がいっそう際立ったように思え、その点が残念だが、いずれにせよサービス精神とふんだんな拘りによって彩られた、読み応えのある本格ミステリにして本格ホラーであることは間違いない。

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