臨場

臨場 『臨場』

横山秀夫

判型:四六判ハード

版元:光文社

発行:2004年4月20日

isbn:4334924298

本体価格:1700円

商品ページ:[bk1amazon]

 通常数年で配置換えとなるのが例しの警察組織にあって、その優れた洞察力によって法医学教室の教授たちの覚えが良く、また“校長”と呼び慕う刑事達も多いことから長年に亘って同じ部署に籍を置き、“終身検視官”の異名を取る倉石義男。彼の活躍を様々な人物の目線から追う、連作短篇集。若き調査官心得がかつての不倫相手の死を前に動揺する『赤い名刺』、張り番の記者が証明する密室の謎を解く『眼前の密室』、退職を前に突如途絶えた時候の便りの不思議を倉石が題名のように解き明かす『餞』など、全八篇を収録する。

 実は、これが横山秀夫作品初体験である。例によって、かなりフォローはしているのだが、なかなか手をつけられずにいた。政宗九さんのところで実施している、『インターネットで選ぶ本格ミステリ大賞2005』に投票するつもりで急いで発掘してきたのだが――探しに行くのがギリギリすぎた。結局締切二日過ぎてやっと読了。

 遅れてはしまったが、読む機会を得られたことが素直に嬉しい、と思える作品である。地名を特定せず、L県というまず間違いなく架空の土地の県警捜査一課調査官・倉石義男とごく限られた人物のみを中心に、基本的にエピソードごとに別の立場にある視点人物を用意して様々な角度から事件を描き、思いがけない真相まで導いていく。

 非常にいい連作である。序盤の数本は目が醒めるほど凜とした佇まいを見せる“本格ミステリ”だ。ほとんどの読者は着目もしないだろう叙述に解決のヒントを潜ませた『赤い名刺』、トリックは類型的で際立ったところはないがその解き明かし方が実に目覚ましい『眼前の密室』などは往年の名作と並べても霞むことはあるまい。

 が、後半に進むに従って情感や人間関係の機微を描くことに傾斜していく組み立ての狙いは“本格ミステリ”のそれでないことが明白だ。寧ろ、謎解きの向こう側にある人間関係、人間心理の機微に目を向けさせるための方便とさえ思える。故に、もし上記の企画に投票していたとしても、この作品集を選ぶことはなかっただろう。

 だが、作品の質と価値とを否定するつもりは全くない。居ながらにして男を惑わしてしまう宿命を背負わされた女の嘆きが痛い『声』、世間的な常識というものの残酷さを滲ませた『真夜中の調書』などで覗かせる、常識と比較的新しい解釈との重ね方の巧みさと、そこから透き見える“悲劇”に対する眼差しが極めて鋭い。その一方で、叩き上げでは希有な地位にまで上り詰めた人物に倉石らしい贈り物を届ける『餞』、どう見ても自殺としか思われない案件に敢えて異を唱える姿を描いた『黒星』などで示される倉石の人間味が沁みてくる。

 一篇のみに登場する人物の心でさえ蔑ろにしない、読み応えのある一冊であり、変に“本格ミステリ”などと括らない方がいい。無論、前述のように序盤の二本が端正な本格ものであることを否定はしないし、続く作品にも“推理小説”であることへの矜持を認めるにやぶさかではないけれど。

 最近は落ち着いた感があるが、一時期はブームによって横山作品が立て続けに映像化されていた。本書はそのラッシュからやや遅れて上梓されたせいか、いまのところ映像化されたとか、その予定があるとかいう話を、とりあえず私は聞かない。

 何でもかんでも映像化、という風潮には読書家としても映画ズキーとしても頷けないし、本書の主題である“検死官”の業務や各編で視点や語り手が異なるシリーズの組み立ては基本的に映像化に向かないので、まあ話を聞かなくても特に不思議とも残念とも感じない。ただ、映画ズキーとして、この最終話『十七年蝉』のラストシーンだけはちょっと映像で観たい、と思ってしまった。普通であれば有り体のアイテムを、この絶妙な場所とタイミングとで繰り出すセンスには脱帽する。

 しつこいようだが、何でもかんでも映像化、という風潮には賛成できない。が、この場面だけは絵で観てみたい。ここだけ、視点人物とカメラ位置とを同化させて、さりげなくその所作を見せる。ふたたび視点人物にカメラが向けられたときのその表情まで含めて、実にいい場面になると思うのだけど。

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