『バンコック・デンジャラス』

『バンコック・デンジャラス』

原題:“Bangkok Dangerous” / 監督・原案:ダニー・パン&オキサイド・パン / 脚本:ジェイソン・リッチマン / 製作:ジェイソン・シューマン、ウィリアム・シェラック、ニコラス・ケイジ、ノーム・ゴライトリー / 製作総指揮:アンドリュー・フェッファー、デレク・ドーチー、デニス・オサリヴァン、ベン・ワイズブレン / 共同製作:リアノン・マイアー、マット・サマーズ / 撮影監督:デーチャー・スリマントラ / プロダクション・デザイナー:ジェームズ・ニューポート / 編集:マイク・ジャクソン、カラン・パン / 音楽:ブライアン・タイラー / 出演:ニコラス・ケイジ、チャーリー・ヤン、シャクリット・ヤムナーム、ペンワード・ハーマニー / サターン・フィルムズ&ブルー・スター・エンタテインメント製作 / 配給:Presidio

2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:川又勝利 / R-15

2009年5月9日日本公開

公式サイト : http://www.bangkok-dangerous.jp/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2009/05/18)



[粗筋]

 殺し屋のジョー(ニコラス・ケイジ)は、依頼の遂行の際に厳密なルールを己に課していた。ルールを遵守し、あらゆる痕跡を消すことで安全を保ってきた。

 だが、プラハでの仕事を終えたとき、ジョーは年齢的、能力的に潮時が近づいていることを悟る。次の依頼はタイ・バンコク、4件続けての仕事。これを最後に、現役を退くことを決めた。

 現地入りすると、ジョーはまず助手を捜す。彼が目をつけたのは、マーケットで英語を駆使して、外国人観光客相手に手際の悪いスリをしていた男・コン(シャクリット・ヤムナーム)。

 しかしこの男、いささか好奇心が旺盛すぎるうえに、挙措が軽すぎた。依頼主からの情報を受け取るために使いに寄越すと、信号無視を犯して警察に追われる羽目になる。ジョーは以後行動には気を遣うよう、きつく釘を刺した。

 軽く傷を負いはしたものの、ジョーは無事に最初の依頼を完遂した。だが、コンの挙動に感じた不安は、第2の依頼を前に現実のものとなる。情報を収めたアタッシェケースを運搬中、かつてスリを働いた男たちに襲撃され、ケースを壊されてしまったのである。ケースそのものは運んできたが、コンはうっかり中を見てしまった。

 ――かつてのジョーなら、コンを始末する場面だった。だが何故かジョーは、手を緩めていた。ジョーが悪党を退治するヒーローだと無邪気に思いこんでいるコンを、懇願されるまま弟子として迎え入れてしまう。

 更にジョーは、痕跡を辿られぬよう、これまでの仕事では人間関係を築かぬよう配慮していたのに、どういうわけか薬局で働く聾唖の女性フォン(チャーリー・ヤン)に関心を持ってしまう。彼自身、己の変化に戸惑いながら、それでもこの地での仕事が最後だと意を決して、粛々と依頼を果たしていくが……

[感想]

 本篇は2000年にタイで製作され、国際的に評価を得た映画『RAIN』を、オリジナルの監督であるダニー・パンとオキサイド・パンの兄弟自らがリメイクしたものである。

 原作は、主人公である殺し屋が耳の聞こえない青年であり、当初は自分の行為がどれほどの罪悪であるかを自覚していなかった、というユニークな大前提があり、それを活かしたアクションやドラマを盛り込み、青みがかった映像とスローモーションを採り入れたスタイリッシュな演出と相俟って、独特な雰囲気を備えた秀作に仕上がっていた。

 製作者はリメイクにあたって、設定を解体・再構築する方法を選んだようである。主人公は世間知らずの純粋な青年から、世界中を飛び回っているプロになり、当然のように耳が聞こえないという設定は外された。その代わり、主人公が惹かれ合う女性のほうが聴覚障害がある形に変更されている。ほか、原作で特徴的だったアクションの表現を、異なる設定に基づいて再現したり、邦題に用いられた“雨”をやはりヒロインとの交流の部分で導入したりと、オリジナルの要素を随所に鏤めている。タイ・バンコクを主な舞台にしている点が共通しているので、同じ題材を語り直しているような雰囲気だ。

 オリジナルから8年を経てのリメイクゆえに、演出はかなり洗練されているのだが、生憎インパクトはオリジナルに及んでいない。やはり主人公の設定を、かなりユニークなものから、説得力があるとは言えフィクションの世界ではありきたりのものに差し換えてしまったのが拙かったようだ。

 オリジナルでは世の中を知らず、命じられるままに人を殺めてきた青年が、新しい交流からその罪を理解し、自らの過去によって心を傷つけていく姿がセンチメンタルに描かれ、単なる暴力の連鎖する物語以上の感興を齎しているが、本篇は主人公をプロフェッショナルにしてしまったぶん、そこが削られてしまっている。代わりに、“聴覚障害”という要素を受け継いだヒロインを登場させ、オリジナルでは主人公が暗殺術を学ぶ側であったのを、逆に主人公がかつての自分をダブらせ成り行きで弟子に迎え入れる青年というキャラクターを導入することで情緒的な面を補強しているが、この恋愛や師弟関係を軸として主人公の変化を描く、というのはかなり有り体なアイディアなので、インパクトは薄い。

 従来は孤独を貫き、現地の協力者も容赦なく“始末”していた主人公が、何故ここで彼らと深く関わっていったのか、いまいち説得力に欠くのも問題だ。ヒロインについては初対面時の素朴な交流がものをいっているのは解るし、弟子となる青年についてはモノローグで理由を語っているが、いずれももうひとつ裏打ちするものが欲しい。「これで引退と決意していたから」では、危険な仕事に手を染めている人間がルールを踏み外すきっかけとしてまだ弱いのだ。

 しかし、オリジナルとの比較をしなければ、アクション・サスペンスとしての水準はクリアしている。己のルールを厳格に設定し、それに従って粛々と任務を遂行する姿は、矢もすると派手な立ち回りをしたがるエンタテインメント映画の暗殺者と一線を画し、独特のリアリティを築いており、序盤でそれをきちんと示しているから、ルールから逸脱していく中盤以降が意味を為している。

 アクションの趣向の豊富さも注目すべき点であろう。この点でもオリジナルのほうが印象的だったのは否めないが、終盤での影やガラスへの映りこみを利用した戦い方をオリジナルから受け継ぐ一方で、水路上のボートやバイクを駆使した戦い、クライマックスでの闇や視点の位置を利用したスリリングな銃撃戦の描写など、新たに用意した見せ場もある。

 長年タイで活躍してきた監督が手懸けているだけあって、地に足の着いた風俗描写をしている点も好感が高い。ハリウッドで顕著だが、監督がそれまでに深く接したことのない国を題材にすると、たとえ観る側が現地に馴染みが無いとしても妙にうわついた印象を受けることが多いのだが、本篇はオリジナルと較べ“お客様”の視点から物事を眺めている感は強いものの、しかしリアリティはきちんと備わっている。

 そして色調とアングルに拘った映像も整っている。もともとパン兄弟はヴィジュアル・センスに優れた部分がある一方、凝りすぎて滑稽な表現も少なくなかったのだが、本篇はだいぶ落ち着き、わざとらしいスローモーションや極端な誇張に頼らなくなっている。そのぶんだけテンポが悪くなったことも否めないのだが、自らの美学をきちんと研ぎ澄ませているのも確かだ。

 全般に、場面それぞれの裏打ちが乏しく、アクション・サスペンスとして描きながら1回で頭に入ってこないような作り方をしてしまったのが失敗だと思われるが、オリジナルの備えていたムードを壊すことなく、よりハードボイルドな作品に仕立てた点は評価したい。傑作とは呼べないまでも、立ち位置にブレが無く、パン兄弟がここ数年に発表した作品のなかではいちばんいい仕上がりになっている。

関連作品:

RAIN

ゴースト・ハウス

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