『デッド・ドント・ダイ』

TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示されたタイトル……当初公開予定がなかったのでチラシがないんだって。
TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示されたタイトル……当初公開予定がなかったのでチラシがないんだって。

原題:“The Dead Don’t Die” / 監督&脚本:ジム・ジャームッシュ / 製作:ジョシュア・アストラカン、カーター・ローガン / 製作総指揮:フレデリック・W・グリーン、波多野文郎 / 共同製作:キャリー・フィックス、ペイタ・カルネヴァーレ / 撮影監督:フレデリック・エルムス / プロダクション・デザイナー:アレックス・ディゲルランド / 編集:アルフォンソ・ゴンサルヴェス / 衣装:キャサリン・ジョージ / キャスティング:エレン・ルイス / 音楽:SQUAL / オリジナル曲:スタージル・シンプソン『The Dead Don’t Die』 / 出演:ビル・マーレイ、アダム・ドライヴァー、トム・ウェイツ、クロエ・セヴィニー、スティーヴ・ブシェミ、ダニー・グローヴァー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ティルダ・スウィントン、ロージー・ペレス、イギー・ポップ、サラ・ドライヴァー、RZA、キャロル・ケイン、オースティン・バトラー、ルカ・サバト、セレーナ・ゴメス、エスター・バリント / 配給:Longride
2019年スウェーデン、アメリカ合作 / 上映時間:1時間44分 / 日本語字幕:石田泰子 / R15+
2020年6月5日日本公開
公式サイト : https://longride.jp/the-dead-dont-die/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/06/06)


[粗筋]
 その日は何もかもがおかしかった。サマータイムとはいえ8時になっても空は明るく、街はやけに人気が無い。それでも、アメリカの田舎町センターヴィルの警察署長クリフ・ロバートソン(ビル・マーレイ)と部下のロニー・ピーターソン(アダム・ドライヴァー)は住人のトラブル解決のためにいつも通りの巡回を続けていた。
 ニュース媒体は、極地での水圧破砕工事で地球の地軸がズレた、と盛んに報じ、天変地異の可能性を示唆している。センターヴィルでも突然牧場の牛や家で飼われている猫が忽然と姿を消す、という奇妙な現象が起き、不穏な気配を漂わせている。
 長すぎる昼がようやく終わり陽が沈むと、それは本格的に始まった。墓場の地面の下から、ふたつの屍体が這い出てきたのだ。蘇った死者は、センターヴィル唯一の憩いの場であるダイナーを襲撃し、閉店準備をしていた店員を襲った。
 翌る朝、ダイナーの常連である金物屋の店主ハンク・トンプソン(ダニー・グローヴァー)の通報で現場に駆けつけたクリフは、見たことのない惨状に言葉を失う。遅れてやってきたロニーは「ゾンビの仕業だと思う」と発言した。
 いちおう公には“野生動物の仕業”という推測を出し、クリフとロニーは街のひとびとに警戒を促した。しかしその晩、事態は一気に悪化するのだった――


『デッド・ドント・ダイ』予告篇映像より引用。
『デッド・ドント・ダイ』予告篇映像より引用。


[感想]
 なにせジム・ジャームッシュ監督の映画を観るのはこれが3本目、長篇では2本目に過ぎないので、私はこの監督の作風を語れる立場にない。だが、そういう人間でも、本篇がゾンビ映画に捧げた敬意と、作品に籠めた創意は実感できる。
 ハリウッドとは一線を画した独自路線を選んでいる監督らしいが、本篇のムードは序盤から文句なく優れたゾンビ映画そのものだ。警官ふたりと、森で暮らすアウトロー的な老人とのやり取りでとぼけた味わいを醸しつつも、その静かな間に漲る不気味な緊張感。これ見よがしにちらつかせる“地軸の移動”という天変地異に、入れ替わり立ち替わりしていく住民達の思わせぶりな会話。空気感は満点と言っていい。
 そして満を持してゾンビが登場するのだが、これがまたちょっと変わっている。メイクは王道、その脅威もグロテスクに描写されるのだが、やけに滑稽なのだ。最初の惨劇から間を置いて彼らは眷属を増やしていくのだが、その挙動がやけに笑える。いっそ、愛嬌がある、とさえ感じてしまう。
 監督が本篇を着想したきっかけは、スマホを見つめたまま街中を徘徊するひとびと、通称“スマホゾンビ”の出没を知ったことだったという。その話からも明白なように、本篇におけるゾンビの描写は、亡者さながらにひとつの事柄に強い執着を見せるひとびとをあからさまに戯画化している。
 ただ、本篇のゾンビ達に対する眼差しに、辛辣さは感じない。本能的な凶暴さを織り込みつつも滑稽に描き出すそのタッチには、世間にはこんな奴ばかりだろ、という諦念に似たものが滲んでいる。それを象徴するのが、ある意味ではゾンビ以上に滑稽とも言える、“生きる側”の淡々とした振る舞いだ。
 普通なら、猟奇的な殺人事件が発生したところで、とりあえず野生動物か、少し踏み込んで歪んだ殺人鬼を想定するものだろう。しかし本篇の主人公のひとりロニーは、遺体を確認したあとすぐに「ゾンビかも知れない」と可能性を示唆する。対する警察署長クリフもまた、それを一笑に付すどころか、「あるかも知れない」と言わんばかりの反応を示す。そんな具合なので、いよいよゾンビに遭遇しても慌てる様子がない。既に用意していた武器で抵抗し、ロニーは鉈を振るって首を切り落とす。いちおう怯えも戸惑いも窺えるが、あまりに淡々とした対応ぶりに緩い笑いが漏れてしまう。
 良質のゾンビものは、その勢力が拡大していく様子や、生き残った人間達のやり取りにドラマを組み込む。ゾンビ映画の大先達ジョージ・A・ロメロが得意としたように、批評性をも体現する場合もしばしばある。本篇にも、ゾンビの振る舞いにそうした側面を覗くことは出来るが、しかしそれ以上に、穿った見方をして屁理屈をこね回す観客をこそ弄び、嘲笑っているかのようだ。
 その意味で特に際立っているのは、ティルダ・スウィントン演じる葬儀屋ゼルダだろう。物語の少し前にやってきたよそ者で、自宅には仏像、その前で日本刀の鍛錬に励む。クリフとロニーのコンビ以上に冷静にゾンビを始末していくさまは、場違いなくらいに格好良くて、いっそ笑ってしまう。だが、そんな彼女もまた、何らかの意味や象徴を期待して追っていると、盛大な肩透かしを食わされるのだ。
 この作品に登場するゾンビ達はひとを喰らう。だがそれ以上に、本篇自体がひとを喰っている。ゾンビ映画というジャンルや先達への敬意をシチュエーションや演出で緻密に体現しながら、伸びやかにその趣向を愉しんだ作品なのだ。難しく考えるよりも、ひとまずはそのオフビートに大人しく身を浸したい――それが出来ないとただモヤモヤするだけだ。


関連作品:
10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』/『リミッツ・オブ・コントロール
グランド・ブダペスト・ホテル』/『沈黙-サイレンス-(2016)』/『さらば愛しきアウトロー』/『ゾディアック』/『アイランド(2005)』/『ラスト・エクソシズム』/『サスペリア(2018)』/『悪の法則』/『フルスロットル』/『キャプテン・ウルフ』/『ゲッタウェイ スーパースネーク
恐怖城 ホワイト・ゾンビ』/『ゾンビ [米国劇場公開版]』/『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』/『サバイバル・オブ・ザ・デッド』/『バタリアン』/『ゾンゲリア』/『サンゲリア』/『28日後…』/『REC/レック(2007)』/『ショーン・オブ・ザ・デッド』/『ゾンビーノ』/『アンデッド』/『ワールド・ウォーZ』/『ウォーム・ボディーズ』/『新選組オブ・ザ・デッド』/『カメラを止めるな!』/『バイオハザード:ザ・ファイナル

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