『ジョゼと虎と魚たち(2020)』

TOHOシネマズ上野、9階通路に掲示された『ジョゼと虎と魚たち(2020)』大型タペストリー(2020年11月5日撮影)。
TOHOシネマズ上野、9階通路に掲示された『ジョゼと虎と魚たち(2020)』大型タペストリー(2020年11月5日撮影)。

英題:“Josse, the Tiger and Fish” / 原作:田辺聖子 / 監督:タムラコータロー / 脚本:桑村さや香 / キャラクター原案&コミカライズ:絵本奈央 / キャラクターデザイン&総作画監督:飯塚晴子 / コンセプトデザイン:loundraw(FLAT STUDIO) / 劇中画:松田奈那子 / プロダクション・デザイナー:平沢晃弘、片飼文洋、中村章子 / 画面設計:川元利浩 / 美術監督:金子雄司 / 色彩設計:梅崎ひろこ / 撮影監督:神林剛 / 3DCG監督:三宅拓馬 / 編集:坂本久美子 / 音響監督:若林和弘 / 音楽:Evan Call / 主題歌:Eve / 声の出演:中川大志、清原果耶、宮本侑芽、興津和幸、Lynn、松寺千恵美、河西健吾、尾花かんじ、てらそままさき、内田夕夜、浦山迅、見取り図(盛山晋太郎&リリー) / アニメーション製作:ボンズ / 配給:松竹/KADOKAWA
2020年日本作品 / 上映時間:1時間38分
2020年12月25日日本公開
公式サイト : https://joseetora.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/12/29)


[粗筋]
 海洋生物学を専攻する大学生・鈴川恒夫(中川大志)はバイト帰りの夜、坂道を滑り落ちる車椅子の少女(清原果耶)を救った。介助をしていた少女の祖母山村チヅ(松寺千恵美)は、坂道の上で誰かに押された、といい、お礼に恒夫を自宅に招き、駄目になったコンビニ弁当の代わりに夕食を提供する。
 少女は祖母からはクミ子と呼ばれていたが、恒夫には《ジョゼ》と呼ぶように命じた。気が強く、他人に対してやたらと壁を作る《ジョゼ》に辟易とした恒夫だったが、チヅはそんな彼に、意外な“仕事”を斡旋してきた。
 日中、しばしば留守にするチヅに代わって、ジョゼの命令を聞いて欲しい、というのだ。
 高額の時給に惹かれて引き受けるが、ジョゼの要求は“畳にずっと正座する”とか“四つ葉のクローバーを10枚集める”とか無茶苦茶なものばかりで、恒夫はひと月ほどですっかり消耗してしまう。
 世間が車椅子の人間に向ける無理解を恐れるチヅの指示で、ジョゼは外出禁止を厳命されていたが、ある日、衝動的にひとり飛び出してしまう、途中で発見した恒夫は、どうしても海が見たい、と訴えるジョゼを電車に乗せ、海まで導いた。
 この日を契機に、外の世界を恐れていたジョゼは、チヅが昼寝をしている2時間ほどのあいだ、恒夫を案内に出歩くようになった。触れるものすべてに新鮮な感動を示すジョゼのために、恒夫はいつしか、バイトという立場を超えて、ジョゼに付き合うようになる……


[感想]
 以前に比べれば、障害を持っていても暮らしやすい環境は整備されつつある。坂や段差の多さ、エレベーターの少なさなど、問題は随所にあるとは言い条、だいぶ許容量は大きくなった。
 とはいえ、それぞれのハンディに見合った生活様式を確立するには、試行錯誤の繰り返しが求められる。そしてその過程で、未だ蔓延る不理解に阻まれることもいちどや二度ではあるまい。その実感が、能動的になりきれない障害者の社会進出を難しくする。
 -本篇のヒロイン、ジョゼの序盤の姿は、そうした諦め、閉じこもってしまう障害者の姿そのものだ。実際、(直接的な描写はないが)突き飛ばされて坂を滑り落ちる事件や、駅でぶつかってくる中年男性など、ジョゼが《虎》と呼ぶ世間の悪意が織り込まれているから、彼女や祖母チヅの心境も理解できる。
 そこで、恒夫との出会いが、新たなきっかけとなる。しばしば視野が狭くなりがちだが、単身出かけようとしたジョゼをほったらかしに出来ない優しさがある。メキシコの海に棲息する魚に憧れ、その目で見届けたい一心でバイト漬けの生活を選ぶ行動的な姿は、もともと外界への憧れを絵というかたちで発散していたジョゼに影響し、彼女を“冒険”へと導いていく。
 本篇の快さは、恋愛感情へと繋がる描写を、丁寧に優しく織り込んでいることだ。恒夫がただの仕事と割り切って付き合うだけの男なら、ジョゼは彼を《管理人》と呼んで、外界への水先案内人として信頼することもなかった。一方で、自分にとっては珍しくもない出来事にいちいち新鮮な感動を示すジョゼに、恒夫もまた世界の見方を変えていく。遥か遠い海への憧れを抱いていた恒夫に、ジョゼはいまいる世界の価値を再確認させているかのようだ。惹かれあっていくのも納得の共鳴がここにはある。
 だが中盤以降、すれ違いや、お約束のような“事件”により、この関係がねじれていく。原作から離れて構築されたこの一連の流れは、率直に言ってあまりにも手垢の付いた趣向やシチュエーションが多く、やもすると陳腐にも思える。だが、そう感じさせないのは、序盤の出来事と後半の“事件”が巧みに連携し、それまでにジョゼにもたらしたものが、恒夫を救う、という構図を見事に組み立てているからだ。青春ドラマ、恋愛ドラマとしてこの構図は非常に美しい。
 既に実写によって理想的な映画が製作されたあとで、敢えてアニメという表現手法を選択した意義も、このくだりが生み出している。序盤、夢というかたちで織り込まれるイメージもアニメならではだが、ある意味等身大で、派手さのない終盤が優しく暖かに収まるのも、本篇が終始柔らかな絵柄で描かれ、クライマックスでジョゼが提示する世界観と一致しているからだろう。恐らく実写でこんな雰囲気を生み出すことは容易ではない。
 この感想の序盤で“障害者”という語を多く用いたが、実は劇中で“障害者”という単語は出て来ない。役所の福祉課や民生委員の介入で、ジョゼの状況を公的機関が把握していることを窺わせるが、その対処のなかにあってもジョゼに向かって“障害者”という表現は用いない。時として、その単語を用いることが一種の逃避や免罪符にもなり得ることを理解しているから――そして、その枠に留まっている限り、あの快いクライマックスはあり得ないからこそ、意識的に避けたのだろう。
 私自身はどちらも接していないのだが、本篇は田辺聖子による原作小説とも、評価の高い実写映画とも展開は異なるという。いずれも、障害者であるが故に受ける性的な迫害や、よりシビアな現実を描いており、このアニメ版はそうした部分を排除しているがゆえに物足りない、という評を眼にしたことがある。
 確かにそういう見方もあるだろうが、私は本篇の解釈、脚色は正しかった、と考える。冒頭に記したように、障害者を巡る状況は変わり、未だ偏見や無思慮で厳しく当たる向きはあっても、努力や工夫で折り合いはつけられることが増えた。そういう事実もきちんと押さえて、本篇は障害を描いている。
 物語のために世界を悪役にすることをしなかった、本篇の誠実な優しさを、私は高く評価したい。


関連作品:
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