風の盆幻想

風の盆幻想 『風の盆幻想』

内田康夫

判型:四六判ハード

版元:幻冬舎

発行:2005年9月25日

isbn:4344010388

本体価格:1600円

商品ページ:[bk1amazon]

 富山県八尾町を中心に発展し、今や地域を支える観光産業にまでなった“風の盆祭り”と“越中おわら節”。毎年盆の季節ともなると全国から愛好家が集まり、平生は穏やかな現地は大盛況となるが、その背後で“おわら節”の伝承形態をめぐって対立が生じていた。やがて、八尾町の老舗旅館であり、“おわら節”伝承会の有力者が経営する弥寿多家の跡継ぎが謎の死を遂げる。警察は状況から自殺の可能性が大だと判断するが、たまたま死の当日に旅館に居合わせた人物と交流のあった“軽井沢のセンセ”こと内田康夫は殺人であると睨み、友人であり名探偵でもあるルポライター浅見光彦を担ぎ出し、折しも“風の盆祭り”本番を間近に控えた八尾町へと乗り込む。あまり乗り気でない浅見だったが、探っていくうちに、“おわら節”を背景とした複雑な人間関係を嗅ぎつける――

 以前ほど真面目な読者でなくなってしまったせいなのだろうが、かなり久々に“軽井沢のセンセ”にお目にかかった気がする。そして久々の邂逅をあとにして思うのは――この人、こんなに鬱陶しかっただろうか、ということだ。

 浅見を事件の捜査に引っ張り出す役割を演じるのはまだいいとしても、一緒になって現地に乗り込まれると、浅見ならぬ読者にしてもうざったく感じられて仕方ない。自分自身を作中に登場させるという照れもあって些か露悪的に書いているのだろう、とは解っていても、傍若無人な振る舞いや言うだけ言ってあとは浅見に推理を委ねてしまう無責任さ、それでいて時としていいところを攫ってしまうあたりまで、読んでいてかなり苛立たされる。本編は特に、全般にそうした行動を繰り返した挙句に浅見を食ってしまっている印象さえあって、一緒に登場させたのは間違いだったんじゃなかろうか、と首を傾げたくさえなる。

 しかし、物語の語り口と事件の謎、それを舞台とした土地特有の風情と絡める手腕はかなり見事だった。“おわら節”という、各地に存在する盆踊りの中でも特に個性的で、かつ現地にとって唯一にも等しい観光名物であるという性質を踏まえて事件の謎も作品全体の雰囲気も醸成されており、クライマックスである人物の舞踏に収束させていくあたりは非常にドラマティックだ。

 雰囲気の組み立て方が巧みである代わりに、事件の謎はわりあいとシンプルだったり印象が薄かったりする傾向のある内田作品だが、本編の着想はかなり特徴的で記憶に残る。そのぶん、事件に関わってくるある場所にたどり着いたときもうひとつふたつ描写が欲しかったとか、もう少し繊細に伏線を張るべきだったという不満を覚えたが、謎解きのインパクトが鮮やかなので、あまり気にならない。それより何より、“おわら節”を伴奏とするドラマの盛り上げ方が秀逸なので、芝居がかった筋も自然と受け入れられる。

 初登場以来ずっと三十三歳のままの浅見光彦の感覚が現在の三十代のそれとかけ離れているとか、対する内田センセもまた五十五のままなのに当人も周囲もかなり上の年配と捉えている節があるとか、従来の作品にも見られたやや極端すぎる常識判断の仕方など、鼻につくところも多々あれど、気楽に読めながらも詩的な余韻を程良く留める作風も健在で、安定した仕上がりである――そう考えると、余計に内田センセのキャラクターが許容できるか否かで評価はファンであっても割れそうな気はするが。

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