予告探偵 西郷家の謎

予告探偵 西郷家の謎 『予告探偵 西郷家の謎』

太田忠司

判型:新書判

レーベル:C・NOVELS

版元:中央公論新社

発行:2005年12月15日

isbn:4125009244

本体価格:900円

商品ページ:[bk1amazon]

 戦災の痕も未だ生々しい1950年、かつて美貌の芸術家姉妹を輩出した名家・西郷家に奇妙な書簡が齎された。“十二月四日十二時、罪ある者は心せよ。すべての事件の謎は我が解く 魔神尊”予告されたその前日、私こと木塚東吾は予告状を投函した本人・魔神尊(まがみ たかし)に無理矢理連れ出されて、西郷邸――通称ユーカリ荘へと赴いた。奇しくも西郷家では翌日に運命的な儀式を控え、三名の客を迎えており、珍客の私たちを歓迎する素振りは微塵もない。私が渦中にあるひとり娘・花鈴に心奪われ、魔神が泰然と構えるなか、やがて本当に事件が起こるのだった……

 著者の太田忠司氏は、いわゆる新本格のムーブメント初期にデビューした作家のなかで、現在最もヴァラエティに富んだ作品を著している書き手であろう。『新宿少年探偵団』に阿南ものや霞田志郎ものなどのシリーズものを発表する一方、幻想小説やホラー、更にショート・ショートの作品集もあり、守備範囲は極めて広い。反面、初期三部作のような意欲的なアイディアを用いた、手の込んだ本格推理が少ない、という印象がある――実際には狩野俊介シリーズや連作などで常に正統派の謎解きを素材にしているのだが、キャラクター造型や事件の背後にある人間関係の機微を描くことにより多くの力を注いだ作風のために、謎解きのインパクトが薄れているのだろう。簡潔で読みやすい文体のために、実際よりも軽く捉えられている部分もあるに違いない。

 だが本書は、その点で物足りなさを感じていた往年の読者にとっては待望の一冊と言えよう。まず舞台設定が振るっている。終戦間もない1950年、旧弊な空気を色濃くする旧家に、傲岸不遜な名探偵と、彼に友人扱いされる語り手が強引に乗り込んでいく。お約束のように繰り広げられるお家騒動のなか、探偵は予め事件の発生を予告し、翌日の指定した時刻には謎を解き明かしてみせる、と断言する。お膳立てからして、新本格ムーブメント初期の芳香を強烈に漂わせている。

 なかなか事件が発生しないが、その代わりに展開するやや凡庸な一連の出来事が、名探偵による事件解決の予告と、探偵自身の謎めいた行動と相俟ってやたらと怪しげに映り、読む側の気を逸らさない。そして事件が発生すると、物語は一気呵成に佳境へと突入し、怒濤の解決編へと繋がっていく。手頃な分量に常と変わらぬ簡潔かつ読みやすい文体のために、読書時間は決して長くないのだが、充実感が著しい。

 何より秀逸なのは、“事件を予告する探偵”というモチーフに隠された本当の意味、である。本書におけるいちばんの驚きのポイントであるため詳述は出来ないが、よほどへそ曲がりの読書家、本格推理愛好家でもない限り、脱帽ものの答であることは間違いないと思う。その発想法は著者が2005年初頭に発表した『月読』にも通ずるが、本書のほうがより洗練されており、説明はシンプルながら衝撃は遥かに強い。

 この古典的な名探偵の別の活躍を読んでみたい欲求は強いが……しかし、たぶん無理だろう。そうとう乱暴な手法を駆使するか、ある部分で思い切った割り切り方をしなければ書けるものではない。

 この意欲的な作品に、いつまでも読み継がれる存在となってもらうためには、やはり続編を望むべきではないのだろう。なかなかアンビバレントな気分にさせられる、秀作である。

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