『食卓にビールを5』
判型:文庫判 レーベル : 富士見ミステリー文庫 版元:富士見書房 発行:平成17年12月15日 isbn:4829163321 本体価格:560円 |
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相も変わらず周囲のテンポなど一切無視して自分のペースのみで行動し、あらゆる特異現象をナチュラルに受け入れてしまう人妻女子高生作家の活躍――というか日常に巡り逢うちょっと不思議な出来事を描く好評シリーズ、前巻から僅か三ヶ月にて登場。コンビニ戦争巻き起こるご近所に現れた“イカ”がわしいお店の奮戦(?)を描く『イカ篇』、学校を舞台に宇宙人ご一行の遺伝子争奪戦に巻き込まれてしまう『ジーン篇』、考えようによっちゃ珍しいダンナ様とのいちゃいちゃを描いているように読めなくもない『魔王篇』ほか、全八篇を収録。
毎回書いている気がしますが、こんなにセンス・オブ・ワンダーを心地よく無駄遣いしているシリーズもそうそうないのでしないでしょうか。しかもその視点人物に、小説を生業としながらも現役女子高生、加えて幼妻でもあるという、牽引力たっぷりの設定を用意している。そのくせ彼女には、5巻を経た今なお名前を与えていない。これだけくっきりとキャラクターを立てておきながら、匿名性だけは保っているあたり、実に曲者である。 と、基本の部分は堅牢なのに、しかしやっていることは相変わらずいい具合に肩の力が抜けている。宇宙規模の抗争が学校の屋上であっさりとカタがついてしまうし、世界征服の野望を見抜かれて禁錮刑に処される危機はシンプルな捻りですっきり収まってしまう。久々にダンナ様が大活躍(?)する『魔王篇』では、世界の危機の発生と顛末とを、本書で最長とはいっても50ページ足らずで片付けてしまうのだ。いくらでもスペクタクルたっぷりに描写できる大事件を、自覚もないうちに決着させてしまう主人公が相変わらず素晴らしい。 ただ、巻を追うごとに、周囲の人々もけっこう異常らしい、ということが判明して、“変”の識閾値がだいぶ上がってしまった気がする。特に顕著なのが『狐狩り篇』で、学校に近ごろ大量発生している“変なもの”を有志で狩り出す、という筋書きなのだけど、のっけから大量に現れる非常識な生き物たちを、ヒロインの同級生たちはあっさりと許容して、特殊アイテムにも抵抗を示すことなく、普通に“狩り”に参加している。いったい彼女たちはどの辺まで異常を感知しているのか、それともヒロインの近くにいることですっかり鈍化してしまっているのか。……尤も、まわりが殊更に異変や怪異を訴えないのもこのシリーズの特色ではあるのだけど。 何はともあれ、まったく気負わずに楽しめる、親しみやすいSFという特徴は本巻でも変わりなく、これまでのシリーズを心待ちにしていた人なら問題なく、逆に抵抗を感じた向きにはやっぱり馴染みにくい作品である。単行本が刊行されはじめてやっと二年程度のはずだが、既にサザエさんのような味わいを醸しだしてさえいる。 ちなみに本書における個人的に最大の発見は――スポ根のテンプレートは他人にやられると非っ常に腹が立つ、ということ。楽しそうなんだけどなあ。 それにつけても、相変わらずカバー・イラストがデンジャー極まりありません。わざと帯の下に危険部分を配して読者の歓心を誘う手口からして狙いすましたものを感じます。自分でカバーなどつけず、書店でカバーもかけてもらわず、或いは標準添付のカバーを剥ぐこともせず本書を持ち歩くような剛の者はそうそういないでしょうが、とりあえずそういう方も、帯だけは外さないようご注意を。外したまま満員電車で読んでいて、間近で痴漢行為が発覚したらいの一番に容疑者にされること請け合いです……たぶん。 |
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