デス・ネイル

デス・ネイル 『デス・ネイル』

森山東

判型:文庫判

レーベル:角川ホラー文庫

版元:角川書店

発行:平成18年5月10日

isbn:4043769024

本体価格:476円

商品ページ:[bk1amazon]

 第12回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作家の第二作品集。他人の性格や境遇を視認できる不思議な眼鏡を得、瞬く間に出世したネイリストが奇病と対決する表題作ほか、華僑などが高値で取引する魚・アロワナに惹かれて買ってしまった男性の話『幸運を呼ぶ魚』、美しいがどこか浮世離れした隣人の奇行をめぐる『月の川』、修学旅行先の京都でホテルを抜け出した少女たちの辿る異様な旅路『感光タクシー』の計4編を収録する。

 アイディアは個性的だが、全体像は極めてオーソドックスなホラー小説の趣がある。ごくありふれた日常描写の導入から周囲の人間や状況の狂気が描かれ、ついで超自然的な物事が主人公の前に立ち現れて変化が生じる。幾度も捻りを加えながら転がっていく物語のリーダビリティは実に見事だ。

 但し、細かなところに目を向けると疑問を感じるのも事実である。表題作や『月の川』では放置され十分な効果を発揮しないまま消えた伏線が幾つか認められた。表題作は捻りが行きすぎて、読者が恐怖を感じるために必要な媒介の所在が不明瞭になっており、結果として題名にもなっている“デスネイル”という素材の異様さ不気味さだけに頼っているように映る。しかもその発生の仕方などに恣意的なものが見受けられ、恐らく着想の原点であっただろうラストシーンに不自然な印象を齎してしまった。アイディアは優れているが、完成されているとは言い難い。

 作品の出来としては、続く『幸運を呼ぶ魚』『月の川』のほうが高いと思われる。『月の川』については前述のように表題作と共通する欠点があるものの、尺の短さもあって捻りと決着の意外性が十分に効果を上げている。『幸運を呼ぶ魚』に至っては、アイディアの方向性自体は過去に似たような話があるものの、設定の説得力と筆運びの巧みさで堅実に作りあげられており、恐怖も衝撃も確かなものがある。

 最も個性的な内容であるのはトリを飾る『感光タクシー』であろう。これもある部分までは前例のあるアイディアながら、状況描写に工夫を凝らし独創的な雰囲気を作りあげている。ただ、前の3編と比較していささか結末が甘いのが気になる。中盤に入れるよりは綺麗な締め括りとして巻末に置くのが正しいのは確かだが、ホラー愛好家としては最後まで強烈な毒を込めて欲しかったのが正直なところだ。

 全体として、アイディアやその処理の独創性は明確で、なおかつあまりマニアックな素材を投じていないため、普段ホラーや怪奇小説に馴染みのない一般読者にもアピールする内容となっている。巻末の『感光タクシー』における“甘さ”はそうした狙いの発露であろう。その意味で首尾は一貫しており、あともう少し万全を期して欲しかったという厭味はあれど、ちょっと本格的なホラー或いは幻想小説に触れてみたい、という初心者にお勧めするにはもってこいの1冊である。

コメント

タイトルとURLをコピーしました