探偵と怪人のいるホテル

探偵と怪人のいるホテル 『探偵と怪人のいるホテル』

芦辺拓

判型:四六判ハード

版元:有楽出版社[発行]/実業之日本社[発売]

発行:2006年9月5日

isbn:4408592692

本体価格:1800円

商品ページ:[bk1amazon]

 クラシックな本格探偵小説に拘った作品を発表しつづける著者が、『異形コレクション』などに寄稿した、探偵小説のエッセンスを留めながらも、不合理で幻想性の高い短編をまとめた作品集。殺人の計画が探偵小説の幻想へと呑みこまれる表題作ほか、芦辺拓名義でデビューする以前に発表された『疫病草紙』『異類五種』をも含めた全十篇に、エッセイ一本を併せて収録する。

 著者が往年の探偵小説に深い愛着を持っていることは『明智小五郎金田一耕助』『少年は探偵を夢見る』といった著書からも明白であるが、謎解きという軛から放たれた作品集である本書においてもその傾向は窺える。いや寧ろ、より顕著になったとも感じられる。

 表題作を筆頭に、本書に収録された作品には江戸川乱歩をモチーフにした物が多い。探偵対怪人の構図や少年探偵、更には江戸川乱歩自身まで招聘する贅沢ぶりであるが、謎解きものではなくこうした幻想小説を基本とした作品集のなかでこのモチーフが重用されているのは象徴的である。初期こそ驚異的な発想で本格探偵小説の礎を築いた乱歩であるが、いわゆる通俗ものや少年探偵団によって娯楽文壇の寵児となって以降は、謎解きという意味では見劣りのする作品ばかりとなっており、その背景にはこうした一般受けした要素がそもそも込み入ったトリックや論理構成が相容れない、という欠点があった故でもある。無論、芦辺氏の他の諸作などを例に取っても解る通り、そうした外連味と論理性とを両立することも充分可能なのだが、楽な仕事でないのは確かだ。翻って、幻想小説中心の構成となった本書において乱歩が頻繁に引き合いに出されるのは、それ自体興味深い現象と言える。

 合理的な謎解きはないものの、各編それぞれにアイディアを盛り込んで、結末にきちんと驚かせてくれるあたりは著者の職人芸と言えよう。概ね探偵小説の様式が現実を呑みこむ、という趣向で括れるのだが、各編毎に手段は異なるし、その彼我が溶けていくさまを描く筆捌きは巧みである。

 他のもので注目すべきは、プレ芦辺拓作品と言うべき二篇である。『異類五種』は幻想小説新人賞に入選した作品であり、中国に舞台を求めた内容は、著者唯一の歴史冒険もの『明清疾風録』*1や異形の傑作『紅楼夢の殺人』に繋がるものであり、そういう観点から読むと、この時点で確立されていた意志のようなものが見えてきて面白い。これよりも更に早く発表された『疫病草紙』は、その話運びや、短い中でやたら転々とする視点が気に掛かる向きもあろうが、平安王朝の風物描写の詳細ぶりや、全篇に漲る熱気に読み応えがある。2作とも若書きと呼ぶのはあまりに無礼なほどの完成度であり、幻となっていたものがこうして簡単に読者の目に触れることが出来るようになったのを喜びたい。

 しかし個人的にいちばん心を打たれたのは、小説としての掉尾を飾る『伽羅荘事件』である。江戸川乱歩と同様に著者に強い影響を与えたある作家へのオマージュであるが、その趣向の凝らし方が著者らしく、個性的なかたちで敬意を示している。その作家には私も少なからぬ影響を受けているだけに、この話運びと決着には、その無茶さに苦笑いしつつも共感を覚えるのである。

 恐らく著者が探偵小説主体の創作活動から離れることはなく、故に本書のようなテーマで纏められる作品集は極めて稀と思われ、そういう意味でも貴重な作品集だ。いわゆる本格ミステリにしか関心はない、という方でも、芦辺作品がお好きであれば楽しめるに違いない。無論、普通に幻想小説と読んでも味わい甲斐がある。

*1:読み応えのある作品だが、現在入手は難しい。大変に勿体ないと思うのだが。

コメント

  1. きばやーし より:

    そんなに入手困難ではないかと…>明清疾風録 そんなんあんただけや!とは言わないで(;´Д`)そういえば芦辺せんせいも「地底獣国」以来ご無沙汰だなあ(ひどいね)。

  2. tuckf より:

    古本渉猟の玄人基準で入手容易、と書くのはさすがに拙いですってば。
    『地底獣国〜』以降のほうが凝った作品は増えているので、たまには読んでみてください。上記の『紅楼夢の殺人』とか『グラン・ギニョール城』とか、本書もきばやーしさんの好みには合っている気がします。

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