『アインシュタイン・ゲーム』
判型:新書判 レーベル:講談社ノベルス 版元:講談社 発行:2006年8月7日 isbn:4061824929 本体価格:860円 |
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様々な仕事に手を出していたザナドゥ鈴木は、悪徳詐欺商法に引っかかりそうになった女性を連れ戻して欲しい、という依頼を受けて、“相対性理論で若返る”という聞くだに胡散臭いセミナーに潜入する。ひょんなことからあっさりと目的を達成したザナドゥだが、セミナーで壇上に立った人物・南無井新二の経歴を知って目を瞠ることになる。折しもザナドゥは、編集者から持ち込まれた企画で、1922年に訪日中だった天才物理学者アルバート・アインシュタインが遭遇した密室殺人の謎解きに携わることになっていたのだが、新二の祖父・俊が、アインシュタインがその事件に関わった翌日にこの天才物理学者を訪ね、事件についての推論を綴ったと思しい覚え書きを貰っていたのだ。その覚え書きを遺す南無井の実家である萩屋ホテルでも、過去にまた異様な事件が起こっていた。そして、萩屋ホテルを訪れたザナドゥの眼前で、新たな騒動が勃発する――
最新刊紹介の際、本書に添えられた惹句は“知的本格ミステリ”。なるほど確かに、アインシュタインの論文やその周辺で発生した著述を丹念に把握した上での仕掛けや、随所に挟まれる知識や詩・文学の引用には知性を感じる、のだが、どうも品がないために損をしている。知的に糞便談義に耽るのも、女性を口説くのに詩文をふんだんに用いるのも結構だが、いずれもミステリとしての骨格にはあまり奉仕していないため、読んでいて鬱陶しさを感じる。 更に気になるのは、そうした“知的”な部分と、ミステリとしての仕掛けや謎解きとの乖離である。部分的には役立てられているものの、概ねリンクしていない。そのために、短いながらもこの尺を読んだという達成感を齎すことが出来ず、結末のカタルシスが演出できていない。 もっと言ってしまえば、そもそも過去にアインシュタインが遭遇する事件と、物語の主となる語り手であるザナドゥ鈴木の遭遇する事件がうまくリンクしていない点も問題だ。最終的に、現代の事件の解決が過去の事件の解明にヒントを齎す、という趣向にはなっているが、この程度の結びつきでは、何故1本の長篇として繋げなければならなかったのか、という疑問が湧いてくる。挙句には、そもそも何故アインシュタインをモチーフとして導入したのかも不明だ。本編で用いられるトリックに、そこまで大仰な味付けは必要だったのだろうか? ただ、読んでいて詰まらなかったかと問われると、否、なのである。品はないが知識に裏打ちされたユーモアはそれなりに楽しいし、特殊な名前や性格付けによって立てられたキャラクターは、好き嫌いはともかく読んでいて楽しませてくれる。ディクスン・カーを彷彿とさせるスラップスティックな味わいは、確実に自家薬籠中のものとしている。 実のところ、要素ひとつひとつは秀でていると思う。物理学や天文学、糞便を巡る蘊蓄、詐欺事件の知識などはよく咀嚼した痕跡が窺えるし、キャラクターの面白さは昨今流行のものとはずれているがそれ故に独自性を感じさせる。ミステリとしての揺るぎない結構の確かさよりも、まず読んでいて楽しめることを優先したい、という読者であればお薦めしてもいいレベルだろう――そう感じつつも、もっと丁寧に事象を連携させてくれれば素直に、今日日珍しいスラップスティック・ミステリの秀作としてお薦め出来たのだが、と惜しまれてならないのだけれど。 |
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