小説エマ2

小説エマ2 『小説エマ2』

久美沙織[著]/森薫[原作・イラスト]

判型:文庫判

レーベル:ファミ通文庫

版元:enterbrain

発行:2005年11月10日

isbn:475772490X

本体価格:640円

商品ページ:[bk1amazon]

コミックビーム』誌に現在も連載中であり、2005年前半にアニメ版も公開された人気漫画のノヴェライズ第二巻。

 新興貴族ジョーンズ家の世嗣ウィリアムと、家庭教師ケリー・ストウナーの雑役女中(メイド・オブ・オールワークス)・エマ。ウィリアム青年の立場を意識しない気さくさと、エマのケリーから受けた薫陶を糧とした野百合のような美しさは、身分を超えた恋でふたりを結びつけるが、しかし時代と世間の目がそれを許さなかった。ふたりの仲を認めさせようと説得するウィリアムの懸命さにも、父リチャードは微塵も応えようとしない。やがて、決定的な出来事がふたりを引き裂こうとしていた……

 第一巻はほぼ原作の第一巻に相当していたが、本巻も同様に原作第二巻の内容を敷衍している。あの森薫の魅力的かつ活き活きとヴィクトリア朝の風俗を活写する筆が最小限に絞られている代わり、絵では到底説明しきれない事物の来歴や登場人物の感情を子細に掘り下げている点でも同様で、前巻に惹かれて手に取った方には安心出来る内容である。

 あとがきでも解説でも言及されているが、本書の白眉はやはり第六話(本書では“序”に続く最初のエピソード)で綴られる水晶宮(クリスタルパレス)であろう。万博に出展され、閉会後惜しまれて移転までして存続しながら焼亡してしまったこの伝説の建築物は、ヴィクトリア朝を描く小説家や漫画家にとって憧れに等しい存在のようで、何処で巡り逢っても紙幅を割いて丁寧に描かれているが、本書においても描写は緻密で、まるでエマやウィリアムに次ぐ主人公のような扱いを受けている。係員に気づかれなかったために水晶宮に閉じこめられたふたりが演じるラヴシーンは、原作もそうであったが小説版でもまた必見である。

 しかし、本巻はそうした甘い未来を予感させる冒頭とは裏腹に、前巻で明瞭になった両者を阻む“壁”がより厚く冷たくなっていくさまを描いていく。主であり事実上の育ての親であったケリーの死に打ちひしがれるエマと、そんな彼女との仲を周囲に認めさせる術を持たぬウィリアム。前よりも深く思いを寄せ合いながら、しかし引き裂かれていく過程は残酷だが、しかし決して悪人ではない周囲の人々の心情を丁寧に描いていくことで、不思議な美しさを演出する。

 結末もやはり原作第二巻と同じく、悲しいシチュエーションで幕を下ろされているが、そこにほのかな希望を湛える小道具が用いられており、余韻は切なくも決して苦いばかりではない。読み心地が良く、原作ファンも恐らくはヴィクトリア朝を舞台とした小説の愛好家も満足させる仕上がりである――それだけに、未だ三巻以降の具体的な予定が立っていない、という解説・北原尚彦氏の発言が気に掛かる。是非とも原作第三巻以降も久美氏の筆で、完結まで書き上げていただきたいものだ。

 そんなわけで、原作ファンでありながら小説版は手つかずという方には是非とも是非とも購入して読んでいただきたい。きっと原作のみならず、ヴィクトリア朝への憧憬もまた膨らむに違いないから。

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