『レイン・フォール/雨の牙』

『レイン・フォール/雨の牙』

英題:“Rain Fall” / 原作:バリー・アイスラー(ハヤカワ文庫HM・刊) / 監督・脚本:マックス・マニックス / エグゼクティヴ・プロデューサー:竹内成和、北川直樹、長沼孝一郎、野林定行 / 撮影監督:ジャック・ワーレハム / 美術:山崎秀満 / 編集:マット・ベネット / 音楽:川井憲次 / 主題歌:ジョン・レジェンド『This Time』 / 出演:椎名桔平長谷川京子ゲイリー・オールドマン柄本明、ダーク・ハンター、清水美沙、中原丈雄、若林武史、小木茂光、浜田晃、平山祐介、坂東工 / 配給:Sony Pictures Entertainment

2009年日本作品 / 上映時間:1時間51分 / 翻訳:寺尾次郎

2009年4月25日日本公開

公式サイト : http://www.rain-fall.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/04/28)



[粗筋]

 CIAアジア支局は騒然としていた。高級官僚が立て続けに不可解な死を遂げるなか、アメリカ人と日本人のハーフで、米軍の特殊工作に従事していた経歴のある男ジョン・レイン(椎名桔平)が、最近怪しげな行動を見せる国土交通省の官僚・川村安弘(中原丈雄)に接近しようとしている形跡があるのだ。支局長のウィリアム・ホルツァー(ゲイリー・オールドマン)はレインを徹底マークするよう指示するが、手練れのレインは追っ手を叩きのめして、東京の闇の中へ消えてしまった。

 翌日、CIAは監視カメラを活用して川村をマークし続けたが、川村が地下鉄に乗ってり、同じ車輌にレインの存在を確認した直後、川村は突如悶絶し、次の停車駅でホームに倒れ込んだ。CIAの捜査員はすぐさま駆けつけて川村の身体調査を行うが、あるはずのものが見当たらない。CIAはレインが奪ったものと判断して、彼の行方を必死で追い始めた。

 一方、当のレインもことの成り行きに戸惑っていた。川村を暗殺し、どこかに隠し持っているメモリースティックを回収するまでが彼の任務のはずだったが、人混みに紛れ介抱するふりをして探っても発見できなかったのである。事情を探るべくレインは川村の自宅に侵入するが、そこで川村の娘に遭遇、弁解する間もなく何者かに襲撃された。襲ってきた男たちは返り討ちにしたが、川村の娘は流れ弾によって絶命してしまう。

 メモリースティックをめぐる秘密のために、川村のみならず彼の家族が危険に晒されている。レインはそう判断し、川村のもうひとりの娘、みどり(長谷川京子)に接近した。

 みどりは新進のジャズ・ピアニストとしてクラブで演奏を披露している。音楽雑誌の記者を装って楽屋に潜入したレインは、単刀直入に狙われていることを彼女に告げた。当然、すぐには信用されなかったが、そこへひとりの刺客が現れ、レインがすぐさま退けたことで事態は急転する。

 暗殺者とターゲットの娘、という奇妙なふたり連れが、追っ手を逃れて東京の街を彷徨い始めた――

[感想]

 原作者のバリー・アイスラーはCIAで実際に特殊工作に従事していた経歴があり、そのうえ日本での滞在も長期にわたっているという人物。監督のマックス・マニックスもまた日本に長く滞在しており、彼が執筆した脚本『トウキョウソナタ』は黒沢清監督によって日本映画として撮影され、国内外で高い評価を獲得している。この組み合わせで、主演とヒロインは日本人、その敵役として海外の名優を招く、という、日本を舞台にしながら非常にユニークな顔ぶれで作られた映画である。

 資本の関係からか日本映画となっているが、テロップはすべてアルファベットで行われているし、映像のトーン、演出の雰囲気も日本映画とは微妙に異なっている。かといって、海外資本が日本を題材にしたときのような違和感は微塵もない。他の映画とはかなり違った印象を受ける仕上がりになっている。

 そうした個性は高く評価したいのだが、如何せん、基本がメモリースティックの所在やCIAに日本のヤクザも絡んでの複雑な逃走劇を採り入れたサスペンスのはずなのに、緊張感が乏しく物語としての牽引力に欠くため、観終わったときに食い足りない感覚が残る。

 原作はレイン自身の一人称で物語を綴り、彼自身の背景と、遭遇した不可解な状況について彼なりの解釈と対処とを積み重ねることで、謎解きの興趣や緊張感を作りあげているのだが、本篇はCIAの視点から物語を切り出してしまったことで、焦点をブレさせてしまったのが拙かった。レインの仕事ぶりやみどりを伴っての逃走を、東京中に仕掛けられた監視カメラで追う、という映画独自の趣向をまず知らしめたかったためだろう、と思われるが、そのせいで何が謎なのか、何処に感情移入していいのか、を曖昧にしてしまったのは失敗だった。このブレが最後まで尾を引いて、物語に入り込めないまま終わる人もあるのでは、と思われる。

 観終わったあとも、冷静に考えると理解しにくい部分が多い。そもそもレインは何故、川村の娘達を守ろうとしたのか。原作ではそういう結論に至る事情を説明的でなく、状況の把握と最善の手段を模索した結果、みどりを救う道を選択したことを段階的に示しているが、映画では大した説明もなく、客観的に無謀とも思える時点で自らの標的の家に侵入して、そこで娘と遭遇するなり「守る」という言葉を使ってしまっている。以後、大した説明もないので、視点人物として感情移入しづらい位置づけになっているのだ。

 CIAの側にしても誰が中心なのか解りづらく、みどりに至っては予想もしていなかった状況に戸惑っているだけ、という体で、事態についてほとんど積極的に判断も行動もしていないので、やはり不透明な印象が強い。

 こと終盤の行動については、大半が支離滅裂になってしまっている。ある人物が突然離脱してしまったのは何故か、レインはどうやって何者にも咎められることなくあの場所へ侵入したのか、何故あの人物は胡乱な密告を信用してあんな行動に出たのか。印象を優先したあまり、説明が足りず、非現実的に映る描写が増えてしまっている。設定をいじっているものの、大まかな人物関係や動機は一致しているので、それを敷衍すれば何となく察しはつくが、原作と照らし合わさなければ理解できないのでは映画として問題だろう。

 だが、日本人が主要キャストに連なり、日本を舞台にした映画としては珍しく、泥臭さや自然美を売りにしていない、シャープな魅力を感じさせる仕上がりは評価すべきポイントだと思う。人物や建物など障害物をあいだに置いた構図で、日本の都市独特の、無機的だが込み入ったイメージをきちんと描き出しており、海外の監督が撮った日本を観たときにありがちな違和感はまったくない。邦画でも洋画でもあまり観られなかったムードを纏っており、その意味では非常に新鮮だ。

 他所のレビューを見ると、椎名桔平が日米ハーフには見えない、という点で批判しているものを見かけるが、それはちょっと違う。原作ではまったくハーフに見えない、日本人然とした顔立ちをしているからこの国で潜伏して仕事が出来る、という設定になっている。映画のなかでは特に人混みに紛れる必要を謳っていないために引っ掛かる、という事実もあるが、やはりあまりに西欧の血を感じさせる顔立ちや、ハーフと言われてイメージするような美男子を配しても、それはそれで違和感が強かったはずだ。普通の日本人の容姿で、決して突出することなく、同時に堅気でない仕事に就いているらしい威圧感を漂わせた椎名桔平は、むしろ好演していると言うべきだろう。彼を別視点から追うふたりを演じたゲイリー・オールドマン柄本明もさすがの存在感である。

 主要キャストで残念なのは、ヒロイン・みどりを演じた長谷川京子だ。もともと原作と較べてあまり見せ場がなく、感情のメリハリを出しにくい場面しか与えられていない不利はあったものの、お飾りという印象が強いのは役者としての力量不足も一因にある。クライマックス手前、目醒めたときに布団を頭からかぶってちらりと顔を見せるあたりはキュートで、血腥い物語の中で清涼剤の役割を果たしているが、ここは完全に演出と容姿の美しさの勝利で、演技力はほとんど発揮されていない。クライマックス手前でもうひとつ出番があれば、もっと鮮烈な印象を齎すことが出来た可能性もあっただけに、勿体ない。

 日本を舞台にし、日本人として違和感を覚えない仕上がりで、ハリウッド風のエンタテインメントに仕立て上げたことは評価したいし、ヴィジュアル・センスや一部の表現は優れているのだが、如何せん説明不足、検証不足と思われる部分が多く、トータルでは雰囲気を優先しすぎた中途半端な仕上がりになってしまっている。今後の日本映画に新風を吹きこむきっかけにはなると思うが、だからこそもう少しシナリオの段階で練り込んでくれれば、と惜しまれる。

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