原題:“Inception” / 監督&脚本:クリストファー・ノーラン / 製作:エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン / 製作総指揮:クリス・ブリガム、トーマス・タル / 撮影監督:ウォーリー・フィスター / プロダクション・デザイナー:ガイ・ヘンドリックス・ディアス / 編集:リー・スミス / 衣装:ジェフリー・カーランド / 特殊効果スーパーヴァイザー:クリス・コーボールド / 視覚効果スーパーヴァイザー:ポール・フランクリン / スタント・コーディネーター:トム・ストラザース / 音楽:ハンス・ジマー / 出演:レオナルド・ディカプリオ、渡辺謙、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、マリオン・コティヤール、エレン・ペイジ、トム・ハーディ、ディリープ・ラオ、キリアン・マーフィ、トム・ベレンジャー、マイケル・ケイン、ピート・ポスルスウェイト、ルーカス・ハース、タルラ・ライリー、ティム・ケルハー、マイケル・ガストン / シンコピー製作 / 配給:Warner Bros.
2010年アメリカ作品 / 上映時間:2時間28分 / 日本語字幕:アンゼたかし
2010年7月23日日本公開
公式サイト : http://www.inceptionmovie.jp/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/07/23)
[粗筋]
企業間の闘争で何よりも重要なもの、それはアイディア。データとして残さない限り、人間の頭のなかに眠っているそれを盗み出すのが、コブ(レオナルド・ディカプリオ)の仕事である。そのための方法は、他人と夢を共有し、登場人物のひとりとして接すること。
非合法なこのビジネスでコブは優れた手腕を発揮していたが、そのためにサイトー(渡辺謙)という人物に目をつけられる。国際的大企業のボスであるサイトーの狙いは、だがアイディアの強奪ではなかった。
サイトーのグループには、強大なライヴァルがが存在する。サイトーは長年に亘ってその対立企業、フィッシャー社のシェアの切り崩しを図ってきたが、未だに牙城は高く聳え立っていた。そこでサイトーは一計を講じたのだ。頭のなかからアイディアを盗むことが出来るなら、“インセプション”――植え付けを行うことも可能なのではないか、と。
現在、フィッシャー社の最高責任者モーリス・フィッシャー(ピート・ポスルスウェイト)は瀕死の状態にあった。直属の優秀な部下であるブラウニング(トム・ベレンジャー)が実質的な指導者として君臨しているが、権限は未だ病の床にある責任者が持ち、彼の死と同時にそれは後継者となる御曹司ロバート・フィッシャー(キリアン・マーフィ)に譲られる。サイトーは、この御曹司ロバートの頭に、企業の解体再編、という考えを植え付けることを目論んだのだ。
だが、思考の植え付けは容易ではない。成功したとしても、予想外の結果を招くこともあり得た。難色を示すコブにサイトーは、植え付けが終了した時点で成功報酬を提供することを約束する。それはコブにとって、あまりに魅力的な条件であった。
コブは従来のパートナー、アーサー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)に加え、各地から最高のスタッフを招集する。この難易度の高いプロジェクトは、果たして成功するのだろうか……?
[感想]
クリストファー・ノーラン監督といえば、大ヒットを遂げた『ダークナイト』が今や代表作となっているが、もともとは傑出したアイディアに支えられたスリラーの秀作『メメント』で注目された人物である。その、緊張感を煽り、最終的に深いレベルにまで主題を掘り下げ重い余韻を留める語り口は一貫しているが、『メメント』の時点で注目していた者からすると、既存のキャラクターを掘り下げたアクションもいいが、オリジナルのアイディアで魅せてほしい、という思いがあったはずだ。
大ヒット作の直後であり、注目が集まるなか発表された本篇は、そういう意味では初期から追っている映画ファンにとって待望の作品であり、また充分すぎるほど期待に応えた一篇となっている。
夢に侵入する、というアイディア自体はさほど珍しいものではない。アイディアの強奪や深層心理に齎す影響、というのも普通に膨らませて辿り着く発想だろう。本作の非凡さは、そこに夢の共有と、階層化による入れ子構造を持ち込んだ点にまず表れている。
実際、普通に夢を見ていても、ごく稀に夢の中で目が覚めることがある。それを“罠”の一環として組み込む発想はなかなかユニークだ。しかも、夢のなかでは時間の密度が異なり、上層ではものの数分程度の出来事が下層では数日に、更に下の層では数日、数年に及ぶ。加えて上層での出来事が下層での物理現象に影響を与えるなど、多くの変わった、しかし得心のいきやすいルールが設定され、それ自体が非常に魅力的に映る。
だが見事なのは、プロットも表現も、そうしたルールを完璧なまでに活かし切っていることだ。
本格的に計画が遂行されると、途端にアクションとサスペンスが畳み掛けてくるが、まさに本篇の設定ならでは、というものばかりだ。線路もない場所にいきなり飛び出してくる列車、夢の層の深さによって異なる時間の密度を応用したタイムリミットの緊迫感、そして転落する乗用車内の無重力状態とリンクした、未曾有の格闘。極めてハードなSFという趣のある本篇だが、それも映画ならでは、という見せ方を随所に盛り込んでいるのが実に頼もしい。
そればかりか、主題を巡る謎の仕掛け方、伏線のちりばめ方においても、この込み入った設定は有効に活用されている。このあたりの衝撃は本篇を観ることで味わっていただきたいので詳述は控えるが、こういう趣向が活きるのも本篇ならでは、なのだ。設定と、描こうとしているものが、完璧に結びついている。
このことは、物議を醸しているラストシーンについても言える。見せ方からふた通りの解釈が出来る、ように見えるが、実は本篇特有のルールや、幾つかの描写を手がかりにすると、結論はひとつしかないのだ。だが、そうは言うものの、もう一方の解釈を取っても決して間違いではない、と思う。本篇はその揺らぎさえも主題に組み込んでおり、他者には自明に映る結論でも、本人は信じ込んでしまう可能性がある。そして、信じ込んでしまったものを疑うのは難しい。如何にそれが“真実”に近かろうと、遠かろうと、だ。それは、ヒントなどから適格に割り出している、と自分では思っている私も違いはない。
主題と描写の驚異的に高いレベルでの調和に、これを映画という表現手段で描く意味さえある。仮に小説や漫画で同じことをやろうとしても、うまく伝えるのは難しい。前作『ダークナイト』に通ずる昏い気配を湛えながら、またことなる頂を極めてしまった感のある、恐るべき作品である。
この監督、次は何を繰り出すつもりなのか――いったいどこまで行ってしまうんだろうか。
関連作品:
『メメント』
『インソムニア』
『ダークナイト』
『プレステージ』
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