『ラスト・ソルジャー』

『ラスト・ソルジャー』

原題:“大兵小将” / 英題:“Little Big Soldier” / 監督、脚本&編集:ディン・シェン / 製作総指揮、原案&武術指導:ジャッキー・チェン / 製作:ソロン・ソー、ユエンノン・スン / 共同製作:ウェンディ・ウォン / 撮影監督:チャオ・シャオティン / 美術:リ・スン / 音楽:シャオ・クー / 出演:ジャッキー・チェンワン・リーホン、ユ・スンジュン、ドゥ・ユーミン、リン・ポン、ユー・ロングァン / 配給:Presidio

2010年中国・香港合作 / 上映時間:1時間35分 / 日本語字幕:野崎文子

2010年11月13日日本公開

公式サイト : http://www.lastsoldier.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/11/13)



[粗筋]

 紀元前227年、群雄割拠の中国。

 衛の軍勢が梁の待ち伏せに遭い、壮絶な戦闘の末に両軍とも全滅する――が、うずたかく積み重なった屍体の中から悠然と起き上がる男がひとり、いた。その兵士(ジャッキー・チェン)は偽物の矢を鎧に仕込み、死んだふりをして生き延びたのだ。

 やがて彼は、衛の将軍(ワン・リーホン)が息を吹き返し、梁の将を倒して気を失う光景を目撃する。兵士は倒れた将軍の手足に縄を掛け、そこから連れ去った。将軍の身を本拠に持ち帰り、褒美として金と田畑を得ようと目論んだのだ。

 覚醒した将軍は、戦場での名誉ある死を望み、戦場から逃げ出した兵士を嘲笑うが、「自分は農民だ。田畑を耕して平和に暮らしたい」と兵士は言い切る。何度も抵抗し逃げ出そうとする将軍を取り押さえ、途中で馬を奪われ、荷車を奪われながらも、梁の都へと向かう。

 兵士にとって予想外だったのは、衛からやって来た捜索隊と思しい一団が、将軍を連れ帰るのではなく殺そうと企図していたことだった。老獪さとすばしっこさだけが武器の兵士は、金と田畑と平穏な暮らしを得るために、将軍の身柄を守ることまで余儀なくされる――

[感想]

 50代後半に達したジャッキー・チェンだが、ここに来て再び脂が乗ってきた感がある。

 変化の兆候は『香港国際警察 NEW POLICE STORY』で既に見受けられたが、決定的となったのは2009年の『新宿インシデント』だろう。いちおうアクションは存在するがほとんど申し訳程度、異郷で労働者たちの主導者に祭りあげられた男の悲哀を演じたジャッキーの姿は衝撃的であると同時に、これまであまり注目されていなかった彼の演技の幅を見せつける格好となった。

 続く『ダブル・ミッション』では一転、従来のジャッキー流アクションとハリウッド風ファミリー・コメディを組み合わせ既存のスタイルの援用を試みたかと思えば、リメイク版『ベスト・キッド』では少年にカンフーを伝授する師匠に扮し自らの精神をも伝える位置づけで、アクション俳優と演技派としての側面を見事に融合させた。

 そしてこの2作と同じ2010年に日本で公開された本篇では、また異なった魅力を示している。

 従来のジャッキー流アクションの延長上にありながら、本篇は不思議と趣が違う。これまでもジャッキーの演じるキャラクターの戦い方にはどこか人死にや血を見ることを避ける“逃げ”の姿勢が垣間見えていたが、本篇では全力で逃げている。時折交戦はするし、将軍とも争うが、それさえもあくまで窮地を逃れるための手段だ。独特の鋭さ、滑稽さは留めながらも、本篇のアクションにはあまりカタルシスはない。

 だがこれはジャッキーの衰えを示すものではなく、むしろ円熟期を迎え、アクションを新しい形で見せるために凝らした工夫の一環と思われる。序盤はいささか姑息なほど、ひたすらに逃げを打つ兵士の態度に笑いつつも苛立ちを覚えるが、しかし将軍との断片的な会話から少しずつ彼の真意が顕わになるにつれて印象は変化していく。

 ジャッキー演じる兵士と、彼らが道中で巡り逢う人々はいずれも、戦争によって苦しめられ、人生を狂わされた者たちばかりだ。兵士と将軍に薬を呑ませて馬を奪う女も、山賊と化した農民たちも、将軍を追う一団の首領とて例外ではない。そんな彼らの苦しみの交わる場所に、戦いがあるのだ。

 つまり本篇は、アクションをあくまでドラマを補強するためのものと割り切って用いている。背負った荷物を用いて樹を登ったり、得意の石投げで抵抗するなど、ジャッキーらしい人を食ったアクションもまた、こうした戦わざるを得なくなった人々のなかからどうにか逃げ延びるための方策として用いられており、要は兵士の人物像に肉付けする要素のひとつなのだ。ジャッキーらしいアクションに爽快感を求める向きにとっては不満だろうが、しかしその狙いにブレはなく、きちんと成功を収めている。この兵士の狡猾さと執念深さは、ジャッキーのアクションなしでは表現しきれないだろう。

 あくまでも主体がドラマであるために、終盤の展開も、ジャッキーにヒーローとしての活躍を求めているとかなり意表をつかれる。予想外の成り行きが繰り返され、何か狐につままれたような気分を味わうかも知れない。

 しかし、物語をきちんと紐解いていくと、その意図は明瞭だ。まったく精神的支柱の異なる兵士と将軍の交流が、互いにもたらした心境の変化と、終盤での出来事が緩やかに反応しあい、あの結末に辿り着く。そこに滲む切なさと不思議な快さは、従来通りのジャッキー・チェンの映画では決して成し得ないものであり、これこそ彼が描きたいと願っていたものであろう。ジャッキーは本篇を“構想20年”と語っているそうだが、20年前には決して演じきれず、周囲もファンも易々と許容はしなかっただろう。前述したような変化を経たからこそ、完成できた1本なのだ。

 率直に言えば、大傑作とは断じ難い仕上がりではある。主題はきちんと表現しているし、統一感のあるヴィジュアルも秀逸ながら、メリハリがいまひとつ乏しい。なまじドラマに照準を絞っているからこそ、本当に観る者の心を震わせるべき部分で、もうひとつインパクトを演出するための工夫が欲しかった。

 だがそれでも、本篇を観終わったあとに残る、儚くも優しい余韻は忘れがたいものがある。人物像にしても主題にしても、どこか卑小な印象があるからこそ、自らが築きあげたものと、描こうとした主題に対して誠実であろうとしたジャッキー・チェンの志を凝縮し、目映い輝きに昇華しているかのようだ。

 ジャッキー・チェンという“俳優”を愛する人は、間違いなく必見の作品であると思う。期待するものの性質によっては失望を味わうかも知れないが、だが彼の辿り着いた境地と、更に目指すものの朧気な姿を確かめることが出来るはずだから。

関連作品:

メダリオン

香港国際警察 NEW POLICE STORY

ラッシュアワー3

ドラゴン・キングダム

新宿インシデント

ダブル・ミッション

ベスト・キッド(吹替版)

ラスト、コーション

HERO 英雄

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