『ベスト・キッド(吹替版)』

『ベスト・キッド(吹替版)』

原題:“The Karate Kid” / 監督:ハラルド・ズワルト / 脚本:クリストファー・マーフィー / オリジナル脚本:ロバート・マーク・ケイメン / 製作:ジェリー・ワイントローブ、ウィル・スミス、ジェイダ・ピンケット・スミス、ジェームズ・ラシター、ケン・ストヴィッツ / 製作総指揮:ダニー・ウルフ、スーザン・イーキンス、ハン・サンピン / 撮影監督:ロジャー・プラット,BSC / プロダクション・デザイナー:フランソワ・セギュアン / 編集:ジョエル・ネグロン / 衣装:ハン・フェン / 音楽:ジェームズ・ホーナー / 音楽監修:ピラール・マッカリー / 出演:ジェイデン・スミスジャッキー・チェン、タラジ・P・ヘンソン、ハン・ウェンウェン、ワン・ツェンウェイ、ユー・ロングァン / 日本語吹替版声の出演:矢島晶子石丸博也斉藤貴美子高山みなみうえだ星子、川島悠美 / 配給:Sony Pictures Entertainment

2010年アメリカ作品 / 上映時間:2時間20分 / 日本語字幕:松崎広幸 / 吹替版翻訳:佐藤恵子 / 翻訳監修:水野衛子

2010年8月14日日本公開

公式サイト : http://www.bestkid.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/08/24)



[粗筋]

 ドレ・パーカー(ジェイデン・スミス矢島晶子)は、母シェリー(タラジ・P・ヘンソン/斉藤貴美子)の転勤によって、12歳で生まれ育ったマンハッタンを離れ、中国に引っ越した。

 とことんポジティヴな母に対して、ドレの気分は晴れない。友達と離れ、見まわしても古いものばかり、言葉もろくに通じない土地で困惑しているところへ、乱暴者のチョン(ワン・ツェンウェイ/川島悠美)に目をつけられてしまった。ことあるごとに嫌がらせを受け、反撃してもカンフーで痛めつけられる。淡い想いを寄せ合うメイ・イン(ハン・ウェンウェン/うえだ星子)にも、チョンの目を気にしなければ近づけなかった。

 だが、そんなドレに思いがけない転機が訪れる。ちょっとした意趣返しで仕掛けたイタズラが見つかってしまい、チョンたちから襲われていた彼を、ドレの暮らすアパートの管理人・ハン(ジャッキー・チェン石丸博也)が救ったのだ。カンフーの教室に通い、それなりに実力のある6人の子供たちを、自ら拳を繰り出すことなく軽々とあしらい、傷ついたドレを奇妙な治療法で癒してくれた。

 自分にカンフーを教えて欲しい、と懇願するドレをいちどは拒んだハンだったが、思い立って仲裁役を買って出る。ドレはハンを、チョンたちが学んでいる武術教室に連れて行くが、しかしチョンたちの師匠リー(ユー・ロングァン)は、弟子たちよりもタチの悪い人間だった。相手に情けをかけるな、と教えトドメを刺すよう教えるリーは、子供たちのあいだの出来事に口を挟むハンを批判し、この場で決着をつけるよう挑発する。ハンはやむなく、勝負を先送りにする提案をした。

 こうして、ドレは地元のカンフー大会に出場を余儀なくされる。その代わりにハンはドレに、人を傷つけるためではない、本物のカンフーを彼に伝授すると約束したが、ハンの指導はあまりに風変わりなものだった――

[感想]

 1984年に製作され、日本でもヒットを遂げた同題映画のリメイクである――が、粗筋やキャストをご覧になれば解る通り、かなり根本的なところが大きく違っている。オリジナルでは少年が学ぶのは空手であり、背景には日本文化が横たわっていたが、本篇ではカンフー、背景どころか舞台そのものが中国に移っている。それなら原題は“The Karate Kid”ではなく“The Kung-fu Kid”にするべきでは、と思うが、敢えてオリジナルに準じた題名にしたのは、それだけ敬意を払っている証拠だろう。

 実際、武術のジャンルや背景は違っていても、ディテールは原典に従っている。武術の使い手にいじめられていた少年が優れた師に出逢い、武術の技と心とを学ぶ。最初はとても練習とは思えないことをさせられるが、それが少年に基礎を叩きこんでいて、自覚と共に少年は修行に熱中していく……

 こういう言い方をしては何だが、つまりはスポーツドラマの王道パターンである。これを理想的な形で完成させたオリジナルを踏襲しているので、オリジナルを愛好する人も違和感はさほど抱かないであろうし、オリジナルに一切関心がなくとも入り込みやすい。ドラマの要素もごくオーソドックスで親近感を覚えやすく、極めて間口の広い作りだ。

 そして、そのオーソドックスな素材がきちんと感動に繋がるよう、出来事がうまく、自然に構成されている。序盤のドレの心情描写と、彼がハンをカンフーの達人だと知る経緯に、ドレがクライマックスとなる武術大会に参加するまでの運びが実に自然だ。メイ・インとのロマンスや、ぼんやりと匂わせるハンの過去といった脇筋も、このメインのドラマを丁寧に盛り上げている。

 ただ、ドラマ部分のアウトラインを保持しつつ、全体に絵面を重視した作りのせいか、随所に不自然なところが見受けられる。都会で暮らすドレをわざわざ武当山万里の長城に連れて行って修行をする必然性がいまひとつ伝わらないし、『ラスト・エンペラー』以来となる紫禁城での撮影にも、そのヴィジュアルと話題作り、という印象が色濃い。

 なまじ過程が丁寧に描かれているだけに、終盤のあまりに都合のいい展開も少々引っ掛かる。人の心情の変化について、あらかじめもう少し伏線を用意しておいても良かったのではないか。

 しかし、別の見方をすれば、そこまで唐突だからこそ少し過剰なぐらいのカタルシスに結びついているのだし、いい意味での“夢物語”に落ち着いているとも言える。私などは緻密な描写を好む質なので余計に目くじらを立てがちだが、実際には特に前触れもなくあのような心境の変化を示すことはあるだろうし、その変化の裏に語られないドラマがあった、と想像する余地がある、と好意的に捉えることも可能だ。

 そもそも、本篇はメイン2人の配役が見事で、この2人の魅力がそうした過剰さを吸収してしまっているように思える。主人公ドレを演じているのは、ウィル・スミスとジェイダ・ピンケット・スミスという2人の俳優のあいだに生まれたジェイデン・スミスであるが、これぞ本物のサラブレッド、と言いたくなるほど、初主演にして類い希なるスター性と表現力を示している。序盤の少しイラッとするくらい自然に生意気な少年が、武術に開眼して精悍になっていく様は印象的だ。きっちりと身につけたカンフーによる擬斗の迫力も申し分ない。

 先日私は『ダブル・ミッション』を「ジャッキー・チェンという“ハリウッド俳優”のエッセンスが詰まっている」と評したが、あちらは魅せる技術の集約であるのに対し、本篇はジャッキー・チェンの精神、武術に対する心構えを注ぎ込んだと思える。ジャッキー自身の見せ場は少ないが、修行の方法やドレ少年が見せるアクションに往年のジャッキー映画のエッセンスが滲み、随所でハンがドレ少年に言い聞かせる言葉は、ジャッキー映画の良心そのものと感じられる。そこには文字通り、この作品でジャッキー・チェンが信じる正しいカンフー映画の精神を後進に伝えようという意気込みさえ感じられるのだ。

 間然するところのない大傑作――とは言い難いが、あらゆる年齢層に訴えかけ、快い余韻を齎す、極めて良心的な逸品であることは間違いない。そうかぁ? と首を傾げつつ劇場に足を運んだとしても、劇場を出たあとで一瞬でもカンフーの構えを真似してしまっている自分に気づけば、否定出来なくなるはずだ。

関連作品:

ピンクパンサー2

ダニー・ザ・ドッグ

地球が静止する日

ダブル・ミッション

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

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