原題:“Rear Window” / 原作:コーネル・ウールリッチ / 監督&製作:アルフレッド・ヒッチコック / 脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ / 撮影監督:ロバート・バークス / 美術:ジョセフ・マクミラン・ジョンソン、ハル・ペレイラ / 編集:ジョージ・トマシーニ / 音楽:フランツ・ワックスマン / 出演:ジェームズ・スチュワート、グレイス・ケリー、レイモンド・バー、セルマ・リッター、ウェンデル・コーリイ / 配給:Paramount Pictures International / 映像ソフト発売元:GENEON UNVERSAL ENTERTAINMENT
1954年アメリカ作品 / 上映時間:1時間53分 / 日本語字幕:?
1955年2月4日日本公開
2009年6月5日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2010/11/16)
[粗筋]
報道カメラマンのL・B・ジェフリーズ、通称ジェフ(ジェームズ・スチュワート)が左脚を骨折、自宅に蟄居して6週間が経過した。窓から近所の人々の生活を覗き見する日々にも倦んできた彼だったが、恋人リザ・キャロル・フレモンド(グレイス・ケリー)とちょっとした諍いを起こした晩、奇妙なことに気づく。
ちょうど真向かいに当たる家の住人は、装飾品のセールスマンらしい。病気で伏せった妻がおり、遠目にもしばしば言い争いをしているのが目についたが、その晩、セールスマンは雨のなか、大きなカバンを携えて何度も家を出入りした。訝ったジェフはずっとセールスマンの動向を窺っていたが、早朝、少しだけ寝入ってしまう。
骨折して以来、彼の面倒を見てくれている看護婦のステラ(セルマ・リッター)はジェフの不審よりも彼が覗き見に執心していることに苦言を呈するが、ジェフはどうしても納得がいかなかった。その晩、ふたたび訪れたリザも、当初はジェフの言葉を妄想と片付けようとするが、しかし彼女も見ている前で、くだんのセールスマンが妻の使っていたベッドのマットレスを片付け、巨大なトランクを紐で固く縛っている様を目撃して、言葉を失う。
ジェフは戦友である刑事のドイルに連絡を取り、疑惑を調査するように頼むが、だが簡単に探った印象では、何らかの犯罪が行われた形跡はなく、セールスマンの妻も遠出しているだけだという。
ジェフの“目撃談”はこうして、改めて妄想と片付けられかかったが、しかし間もなく、小さな事件が起きる……
[感想]
その名を知らぬ者のいないサスペンスの名匠アルフレッド・ヒッチコックの代表作である――本当に、基本がすっぽ抜けている私は、恐ろしいことにこれが初めての鑑賞である。
それなりに多くの映画を観た上だからこそ言い切らせてもらうが、これはまさにサスペンス映画の原点であり、同時に頂点であろう。こんなに隙のない作品は、後世にもほとんど例がないように思う。
さながら演劇のように、舞台はごく限られており、カメラでさえ終盤の僅かな時間を除いて、主人公ジェフの部屋を出ない。にも拘わらず、映画らしい動きと空間の広がりが感じられる。
演劇のように、と表現はしたが、しかしこれを演劇で見せるとなると、かなりアクロバティックな舞台装置が必要だろう。セットを組み、見える窓や路地裏の空間に生活を組み込むことの出来る映画という手法だからこそ可能な広がりだ。
序盤はジェフが彼の部屋を訪れる人々と会話をする背後で、そこで繰り広げられる、多くの住人の生活を点綴していくだけだが、その中に不意に違和感が滲み出す。それまでと同じタッチを継続しているかのように見せながら、一気にサスペンスの世界へと観る者を誘う。僅かひと部屋、窓から見える世界を勘定に入れてもほんの数十メートルの空間に、これほど謎と緊迫感を織りこんでしまう手管が絶妙だ。
巧妙なのは、見えている出来事だけでは、ジェフの疑惑を証明することが不可能であることだ。それ故に、かなり後半に至るまで、観客も事態について決定的な確信を得ることが出来ない。ジェフと同じような猜疑心と緊張の中に陥れられてしまう。やがて活動的なふたりの女性がジェフに同調すると、クライマックスでこのシチュエーションならではの切迫した事態に繋がっていく。あらゆる要素が緊密に結びつき、まさにこれぞサスペンス、としか呼びようのない物語を構築しているのだ。
個人的に最も感嘆したのは、クライマックス手前、粗筋で記した“小さな事件”が発覚する際のひと幕である。それまでは作品の空気を醸成するが如く、別々に、ジェフの目撃する不可解な出来事とは関わりなく物語を繰り広げていた人々が、一瞬同じ舞台に引きずり出される。そこでの“演説”も含め、やたらと印象に残る。
現代に同じシチュエーションで物語を作るとなったら、恐らくクライマックスにもうひとつアイディアを付与するか、更に目覚ましいどんでん返しが求められるところだろう。しかし、そうした色気など出さなくとも、きちんとサスペンスが醸成できれば映画は、物語は成立し、後世にも記憶される光芒を放つ。そういうことを実に華麗に、完璧に証明した作品であろう。
……と、有り体なことばかりで終わらせるのも何なので、最後にもうひとつ。
ヒッチコック作品では金髪で快活な美女が登場するのがお約束となっている、とのことだが、本篇のグレイス・ケリーの美しさと、終盤で見せるキュートさは素晴らしかった。近年、こういうタイプの、正統派ヒロインと呼べるようなオーラを放つ女優はとんと見かけない……と思ったが、考えてみたらひとりだけいた。
ニコール・キッドマンである。
やや険があるが、金髪で整った容貌。快活な役柄にもぴったりと嵌ってみせる。如何せん、そういう雰囲気を活かせる作品自体が減っているうえ、彼女自身出演する本数を少なくしているようなので、今後その正統派ヒロインぶりを眼にする機会はあまりなさそうなのが残念だが、彼女が特にバズ・ラーマン監督とのコラボレーション――『ムーランルージュ!』に『オーストラリア』――で示した魅力の原点を見つけた気がして、数年来の疑問が晴れた心地がした。
関連作品:
『ベン・ハー』
『激突!』
『スティング』
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