原題:“The Apartment” / 監督:ビリー・ワイルダー / 脚本&製作:ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド / 撮影監督:ジョセフ・ラシェル / プロダクション・デザイナー:アレクサンダー・トゥローナー / 編集:ダニエル・マンデル / 音楽:アドルフ・ドゥイッチ / 出演:ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン、フレッド・マクマレイ、レイ・ウォルストン、デヴィッド・ルイス、ジャック・クラスチェン / 配給:日本ユナイテッド・アーチスツ / 映像ソフト発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント
1960年アメリカ作品 / 上映時間:2時間5分 / 日本語字幕:柴田香代子
1960年10月8日日本公開
2008年8月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/01/05)
[粗筋]
大手の保険会社に勤めるバクスター(ジャック・レモン)は、特に有能な社員ではないが、上司の覚えは良い。上司たちのアヴァンチュールのために自分の部屋を貸し出すことで、重宝されているのだ。上司とその愛人が部屋にいるあいだは帰宅できず、雨だろうと寒波が訪れようと外で待たされるうえに、隣人のドレイファス医師(ジャック・クラスチェン)からは遊び人と誤解されているため、決して喜んで提供しているわけではないが、昇進の可能性も仄めかされており、自己嫌悪を覚えつつも、残業したり公園をぶらついて時間を潰す日々を送っていた。
クリスマスも迫ってきたある日、バクスターは人事部長のシェルドレイク(フレッド・マクマレイ)に呼び出される。すわ昇進の話か、と喜び勇んで駆けつけたバクスターだったが、会社の人間の“不適切な関係”のためにアパートを貸している事実を指摘されてしまう――だが、シェルドレイクの要求は、貸し出すことをやめろ、というのではなく、今夜自分にも貸し出して欲しい、という頼みだった。風邪気味で寝ていたかったバクスターだが、半ば脅しのような状況で、しかも本格的に昇進を匂わされては拒絶しようがなかった。
代わりに、とシェルドレイクから映画のチケットを提供されたバクスターは、前々から密かに想いを寄せているエレベーター・ガールのフラン・キューブリック(シャーリー・マクレーン)を誘う。彼女はかつて付き合っていた男性に呼び出されている、と拒もうとしたが、熱心に訴えるバクスターに、最後には折れて、劇場のロビーでの待ち合わせに同意する。
有頂天になるバクスターだったが、この辺りから事態は、複雑にこんがらかりはじめていた……
[感想]
脚本家・映画監督の三谷幸喜が、影響を受けた人物としてしばしば名前をあげるのが、本篇のビリー・ワイルダー監督である。今回初めてこの監督の作品を鑑賞したのだが、なるほど、本篇だけでも三谷監督作品に多大な影響を与えたことが窺える。爆笑を取るよりはクスリとさせる洒落た、気の利いた会話と仕草の応酬、伏線が齎す笑いや驚き、そして風変わりだが憎めない人物造型など、確かに三谷幸喜の映画に登場するモチーフのほとんどが本篇に見受けられる。
そして同時に、こう言っては何だが、三谷作品と較べて格段に洗練されている――相手は敬意を払う監督の代表作なのだから、比較する方が酷だろうが、実際そう感じたのだから致し方ない。
三谷作品には独特のクセが色濃いが、本篇は個性を抑えることなく、それでいてマイルドな味わいに整えている。主人公バクスターは善良だけが取り柄、という人物像ながら、実のところ彼が関わる出来事はかなり生臭い。彼の部屋を借りる上司たちのほとんどは不倫相手とのアヴァンチュールに用いており、どう考えてもバクスターはその事後処理もさせられているが、酒やクラッカーの補充や、その他の軽い部分だけを意識して描写しているようで、その生々しさがいい具合に軽減されている。
終盤でバクスターが巻き込まれる状況もなかなか凄惨なのだが、バクスター本人の憎めない人柄に加え、フランという女性の愛嬌と軽やかさが、愁嘆場になるギリギリで物語をコメディに留めている。この辺りには、シャーリー・マクレーンという女優の軽妙な存在感が大いに貢献している印象だ。彼女が演じるフランは終盤でかなり辛い経験をするが、その中でもあまり悲愴感が漂わないのはバクスターのあまりに善良する振る舞いのお陰だし、あとに引きずらないのもフランの愛嬌がものを言っている。特にラストシーン直前に見せる表情の愛らしさと奥行きは、スクリーンに惹きこまれてしまいそうなほどだ。
人物像の妙のみならず、終始先読みの出来ない、だがあとになれば腑に落ちる、絶妙な伏線と構成美に支えられたストーリーがまた秀逸だ。アパートを他人に使わせる、というシチュエーションを、少しひねった方法でストーリーの展開に応用すると同時に、ユーモアとしても徹底的に活用する。特に、さり気なく盛り込まれた隣人である医師の誤解を最後まで引っ張り、物語の展開にも活かす一方で、締め括りの苦い台詞にも繋げているのが巧妙だ。モチーフが無駄なく、かつ小気味良く用いられているのである。
基本ラヴコメで、しかもハッピー・エンドと聞けばだいたい成り行きの想像はつくだろうが、しかし展開は決して予想通りではないし、締め括りも普通ではちょっと考えにくいものだ。にもかかわらず、あるべきところに収まった、と感じさせる快い余韻を演出してしまうのが素晴らしい。確かにこれは、台詞のやり取りや構成の妙で魅せるコメディを志すのであれば、目標とするに相応しい傑作である。
関連作品:
『真昼の死闘』
『フォロー・ミー』
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