原題:“Some Like It Hot” / 原作:R・ソーレン / 監督&製作:ビリー・ワイルダー / 脚本:ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド / 撮影監督:チャールズ・ラングJr. / 美術:テッド・ハワース / 編集:アーサー・P・シュミット / 音楽:アドルフ・ドゥイッチ / 出演:ジャック・レモン、トニー・カーティス、マリリン・モンロー、ジョージ・ラフト、ジョー・E・ブラウン、パット・オブライエン、ネヘミア・パーソフ、ジョアン・ショウリー、デイヴ・バリー / 配給:日本ユナイテッド・アーティスツ / 映像ソフト発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント
1959年アメリカ作品 / 上映時間:2時間1分 / 日本語字幕:宍戸正
1959年4月29日日本公開
2008年5月23日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/01/10)
[粗筋]
1920年代、禁酒法の施行により、密造酒とギャングが横行していたシカゴ。
葬儀屋に偽装したモグリの酒場で、楽団の一員として働いていたジョー(トニー・カーティス)とジェリー(ジャック・レモン)は、店が警察にガサ入れされた際、要領よく逃げ出すことに成功したものの、給料を受け取る直前で手持ちがなく、ジョーが怪しい情報を頼りにギャンブルに有り金を注ぎ込んでしまったせいで無一文になってしまった。挙句、金策のために知人から車を貸してもらうよう手配したところ、受け取りに赴いたガレージで、ギャングによる虐殺の現場を目撃してしまう。
今度も辛うじて逃げ出せはしたが、すぐにでもシカゴを離れる必要があった。必死に仕事を探しまわったジョーとジェリーだったが、ジョーが口説いていた事務員から嫌がらせのように斡旋したのは、女性のみの楽団の補充。しばし揉めたものの、結局ふたりは女装して潜入することを決意する。
他の楽団員と共に乗り込んだ列車で、ふたりが親しくなったのは、歌手兼ウクレレ奏者のシュガー・ケーン(マリリン・モンロー)。キュートな振る舞いと、不幸な過去の影を背負った彼女の魅力にジョーもジェリーも瞬く間に惹きつけられてしまう。やがてフロリダに到着すると、ジョーは何とかシュガーを口説き落とすべく、とんでもない策を講じ始めた――
[感想]
これの1回前の『午前十時の映画祭』で鑑賞した『アパートの鍵貸します』の前年に製作された作品であり、ビリー・ワイルダー作品の常連となるジャック・レモンとの初顔合わせにあたるという。
本篇を観ると、何故ワイルダー監督がジャック・レモンを重用したのかがよく解る。シチュエーションの設定が素晴らしいので、全篇に心地好い笑いが鏤められているのだが、特にジャック・レモンのウイットと多彩な表情が、作品をいっそう軽快にすると共に、ドラマとしての屋台骨を補強している。トニー・カーティス演じる女たらしのジョーにはときどきイラッとさせられるが、そのアクをレモン演じるジュリーが適度に和らげているのだ。
そして、このメインの男ふたりを魅了するマリリン・モンローの存在感は素晴らしい。独特の歩き方を中心に強烈なセックス・アピールを示しながらも、言動や振る舞いに純真さ、素直さが滲んでいてやたらとキュートだ。既にカラー映画が普及しつつあった時期に、モノクロで制作されたことに当人は不満を覚えていたというが、むしろモノクロだからこそ抑えきれない光芒を感じさせているように思う。
この作品の絶妙なポイントは、時代を禁酒法が施行されていた1920年代に設定したことだろう。もともと民衆のあいだで広く嗜まれていた飲酒が禁じられて地下に潜り、それを資金源としてマフィアが幅を利かせた時代の息苦しさを、逆に人々が如何にしてお上の目をかいくぐって快楽を享受していたのか、という部分から描くことで巧みにコメディに仕立てている。規範に対する意識の強い時代だからこそ、女性のみの楽団に男が潜入する、というシチュエーションの面白さも際立つし、それを軸としたちぐはぐなやり取りもいっそう膨らんでいるのだ。
のちの『アパートの鍵貸します』と較べると、伏線の妙のようなものは感じられないが、それまでの流れから想像する出来事の裏をかくような展開が多く、最後の最後まで意外性が切れず、振り回されるのも本篇の愉しさのひとつだ。観客の眼にはどう考えてもバレバレなのになかなかばれそうもない女装に、ジョーがシュガーに仕掛けた詐術の綱渡りぶりもさることながら、やはり見事なのはジェリーを巡る展開だ。ジョーとシュガーの艶っぽい駆け引きと並行して彼が繰り広げる行動とその顛末は最後まで笑いを誘い続ける。ジョーの心情の変化や、シュガーが最後にああいう行動に走る動機付けなどはやや説得力を欠いているように映るのに、もっと突飛なジェリーの成り行きに唸らされるのは、如何にビリー・ワイルダー監督の語り口とジャック・レモンの演技との相性が良かったか、という証左だろう。
冒頭のカーチェイスを筆頭に、アクションまで盛り込んだ本篇は、発表から50年を経た今でも充分に通用する優れた娯楽映画であるが、それと同時に、さり気なく含蓄のあるモチーフや台詞を鏤めていることにも注目したい。特に印象的なのは、エンドマークの直前にある人物が放つ最後のひとことだ――ユーモアとして成立しているのは無論、既成の価値観に囚われる人々を揶揄し解き放つようなあの台詞は、作中の出来事を反芻してもういちど吟味すると余りに深い。観客を笑わせつつ、シニカルな笑みを浮かべる監督がスクリーンの向こうに佇んでいるような、そんな幕切れなのだ。
まだ2本しか鑑賞していない(実際にはかなり昔に『失われた週末』を鑑賞していたことに気づいたが、ほとんど記憶に残っていないので省く)が、なるほどビリー・ワイルダー監督が何故名監督として未だに支持されているのかが、非常によく理解できた――こんなに観ていて愉しい気分にさせて、しかも一筋縄で行かない作品を生み出せる監督、そうは居ない。
関連作品:
『ロードキラー』
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