『スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜』

『スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜』

原題:“The Ides of March” / 原作:ボー・ウィリモン / 監督:ジョージ・クルーニー / 脚本:ジョージ・クルーニーグラント・ヘスロヴ、ボー・ウィリモン / 製作:グラント・ヘスロヴジョージ・クルーニー、ブライアン・オリヴァー / 製作総指揮:レオナルド・ディカプリオ、スティーヴン・ペヴナー、ナイジェル・シンクレア、ガイ・イースト、トッド・トンプソン、ニーナ・ウォラルスキー、ジェニファー・キローラン、バーバラ・A・ホール / 撮影監督:フェドン・パパマイケル,ASC / プロダクション・デザイナー:シャロンシーモア / 編集:スティーヴン・ミリオン / 衣装:ルイーズ・フログリー / 音楽:アレクサンドル・デスプラ / 音楽監修:リンダ・コーエン / 出演:ライアン・ゴズリングジョージ・クルーニーフィリップ・シーモア・ホフマンポール・ジアマッティマリサ・トメイジェフリー・ライトエヴァン・レイチェル・ウッドマックス・ミンゲラジェニファー・イーリー、グレゴリー・イッツェン、マイケル・マンテル / スモークハウス/アピアン・ウェイ製作 / 配給:松竹

2011年アメリカ作品 / 上映時間:1時間41分 / 日本語字幕:?

第84回アカデミー賞脚色部門賞候補作品

2012年3月31日日本公開

公式サイト : http://supertuesday-movie.com/

丸の内ピカデリーにて初見(2012/03/31)



[粗筋]

 大統領総選挙を前に、アメリカでは民主党の予備選が繰り広げられていた。現在、ペンシルヴェニア州知事を務めるマイク・モリス候補(ジョージ・クルーニー)が対抗馬プルマンを一歩リードしているが、予断を許さない状況が続いている。オハイオ州での投票が、事実上の大統領選のヤマ場と目されるなか、両陣営のスタッフは票集めに躍起になっていた。

 マイク・モリスの信念に惹かれて広報官として彼をサポートするスティーヴン・マイヤーズ(ライアン・ゴズリング)は、モリス知事のスピーチ原稿執筆をはじめ、記者相手に意図的な情報をリークしたり、相手陣営のスキャンダルを調査したり、と決戦を前に多忙を極めている。

 そんななか、スティーヴンの父親と偽って、選挙事務所に電話をかけてきた者がいた。その人物は、トム・ダフィ(ポール・ジアマッティ)――プルマン陣営の選挙キャンペーン責任者である。相手陣営の人間と秘密裏に面会するリスクを承知しながら、重要な情報を仄めかされたスティーヴンは、みすみす誘い出されてしまった。

 ダフィの話は、ヘッド・ハンティングであった。先日の討論会で、スティーヴンが手懸けたモリスのスピーチに感銘を受けたといい、スティーヴンを自らの陣営へと勧誘したのである。スティーヴンらの分析ではモリスがやや優勢であるが、ダフィはプルマンのほうが優位にことを運んでいる、と言った。両陣営とも、優劣の鍵を握るのはオハイオ州選出の上院議員トンプソン(ジェフリー・ライト)であると認識しているが、ダフィはトンプソンの支持を取り付け、彼の影響下にある300以上の議員票を獲得したことは確実だ、とうそぶいた。

 モリスに心酔していたスティーヴンはこの勧誘を断ったが、自陣営のキャンペーン責任者ポール・ザラ(フィリップ・シーモア・ホフマン)には、ダフィと密会したことを伝えずにいた。だが、この出来事が、順調だった選挙活動にもたらされる波乱の始まりとなる――

[感想]

 アメリカ大統領選の熾烈さは、異国に暮らす私たちでさえなんとなく承知しているほどだ。準備から選出までに1年以上を費やす長い選挙戦のあいだ、各州で討論会や予備選が実施され、幾度も鍔迫り合いが繰り返される。近年は特に、メディアを用いた中傷合戦が過激化しており、日本のニュース番組でもときおりその過剰さが採り上げられているのはご存知の通りである。本篇は、選挙スタッフの経験があるボー・ウィリモンが手懸けた戯曲をもとに、その予備選の様子を描き出したものだ。

 しかし、序盤は非常にゆったりとしたテンポで綴られており、正直に言えば、間延びした感がある。選挙の広報官が記者と腹を探りあうようなやり取りをしたり、候補が過去に行った、選挙運動の上であまり好ましくない演説の映像を消去させたり、相手陣営の不手際や醜聞を炙り出して広めるネガティヴ・キャンペーンをさらっと行っていたり、と細かな描写に選挙戦の醜さを滲ませながらも、基本的に派手な動きはなく、途中で組み込まれるモリー(エヴァン・レイチェル・ウッド)とのロマンスも含めて、緩慢とした展開だ。

 だが、モリーとの2度目の逢瀬で電話が鳴り響いたあたりからの加速が凄い。さり気なく解説してきた選挙というものの醜悪さを背景に、それまで積み上げてきたものが一気にガラガラと音を立てて崩れ、襲いかかってきそうな緊迫感は逸品だ。

 本篇の優れているのは、社会派の題材を扱いながら、決して専門用語や専門知識を必要としない領域で物語を動かしていることである。特異な感覚については序盤で、決してアメリカの大統領選挙の運び方に明るくないひとにも解りやすいように描き出すと、あとはとても解りやすい事実を構築して、主人公であるスティーヴンを窮地に追いやっていく。起きる出来事がいずれも決して珍しくない、普通にあり得そうなことであるからこそ、その顛末が恐ろしい。題材こそ社会派であり、派手なドンパチの類は一切盛り込まれていないが、それでも本篇の味わいはサスペンスに近い。

 そのくせ、最後に見せる機転はまさにこの設定ならではであり、政治――というより選挙戦というものに潜む魔物の姿を強烈に印象づける。あの終盤の展開がもたらす情感は圧倒的だ。何せ、物語の最初のほうで描いているのとさほど変わらない演説をしているにも拘わらず、空虚に聞こえてしまうのだ。

 中心人物たるスティーヴンを演じるライアン・ゴズリングの表情の対比も素晴らしい。当初、モリス知事に心酔して彼の選挙スタッフに加わったスティーヴンは、セックスの途中でさえ、テレビが映すインタビューの模様に気を取られてしまうほどだったのに、最後の演説の場では、自らのボスに目を向けてさえいない。そしてラストシーン、アップで描かれるスティーヴンの表情がもたらす余韻は、あまりに苦い。

 社会派にして緻密に練り上げられた、そして重厚な後味を残す、上質のサスペンスである。ライアン・ゴズリングの演技も圧巻だが、決して同じような作品を手懸けないのに、さらりとこのクオリティを実現してしまうジョージ・クルーニーの采配ぶりにも唸らされる。

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