『声をかくす人』

銀座テアトルシネマ、ビルの壁面に貼られた巨大ポスター。

原題:“The Conspirator” / 監督:ロバート・レッドフォード / 原案:ジェームズ・ソロモン、グレゴリー・バーンスタイン / 脚本:ジェームズ・ソロモン / 製作:ロバート・レッドフォード、グレッグ・シャピロ、ビル・ホールダーマン、ブライアン・フォーク、ロバート・ストーン / 製作総指揮:ジョー・リケッツ、ジェレマイア・サミュエルズ、ウェブスター・ストーン / 撮影監督:ニュートン・トーマス・サイジェル / プロダクション・デザイナー:カリーナ・イワノフ / セット・デコレーター:メリッサ・レヴァンダー / 編集:クレイグ・マッケイ / 衣装:ルイーズ・フログリー / 衣装スーパーヴァイザー:リチャード・ショーン / キャスティング:アヴィ・カウフマン / キャスティングコンサルタント:ポニー・ティメールマン / 音楽:マーク・アイシャム / 出演:ジェームズ・マカヴォイロビン・ライトケヴィン・クラインエヴァン・レイチェル・ウッドダニー・ヒューストンジャスティン・ロング、アレクシス・プレデル、ジョニー・シモンズ、コルム・ミーニイ、トム・ウィルキンソンジェームズ・バッジ・デール、トビー・ケベル、ジョナサン・グロフ、スティーヴン・ルート、ジョン・カラム、ノーマン・リーダス / 配給:Showgate

2011年アメリカ作品 / 上映時間:2時間2分 / 日本語字幕:齋藤敦子

2012年10月27日日本公開

公式サイト : http://www.koe-movie.com/

銀座テアトルシネマにて初見(2012/12/14)



[粗筋]

 1865年4月9日、南軍のロバート・E・リー軍司令官の降伏をもって、事実上、南北戦争終結した。奴隷解放を掲げたエイブラハム・リンカーン大統領以下北軍にとっては念願の瞬間であったが、払った犠牲は極めて大きく、そしてそれから僅か5日後、リンカーン大統領自身も、そのツケを払うことになる。

 同年同月14日、リンカーン大統領は、夫人とともに観劇の最中、ジョン・ウィルクス・ブースによって暗殺されたのだ。

 政府の反応は極めて迅速だった。葬儀を執り行う一方、実行犯のブースをはじめ、同時に複数の場所で発生した暗殺計画に荷担したメンバーを次々に特定、捕縛していく。同月26日、逃亡先で投降の呼びかけを拒んだブースを射殺した頃には、主要な共犯者はほとんど司直の手によって確保されていた。

 北軍の若き英雄であり、弁護士として独り立ちしたばかりだったフレデリック・エイキン(ジェームズ・マカヴォイ)が、恩師であるジョンソン上院議員(トム・ウィルキンソン)から託されたのは、そうして告発された“暗殺犯”のひとりの弁護であった。己が命を賭けて従軍し、北軍の理想に貢献したエイキンにとって、大統領暗殺犯は憎むべき対象であり、当初はこれを強く拒んだが、ジョンソン議員に押しきられる形で、渋々引き受ける。

 エイキンが委ねられた被告は、暗殺犯たちが計画を練ったと思われる下宿屋の主、メアリー・サラット(ロビン・ライト)。彼女は民間人であったが、エドウィン・M・スタントン陸軍長官(ケヴィン・クライン)の意向により、軍事裁判にかけられる。暗殺犯に対して憎しみを抱くエイキンの目から見ても、この法廷は異常だった――検察側は無論、判事までも軍部の息がかかり、弁護側にはろくに情報も提供されない。

 しかしそれでも、エイキンは被告の有罪を信じて疑っていなかった。暗殺事件の被告を弁護する、と知った親友たちに止められても、曖昧に暈かすしかなかった。だがやがてエイキンは少しずつ悟っていく――メアリーが犯した“罪”がいったい何だったのかを……

[感想]

 リンカーンが史上初めて暗殺された大統領である、というのは有名な話だ。だが、その暗殺者についての知識を持っているひとは、少ないのではなかろうか。本篇は、そのあまり語られることのない暗殺者側、というより、暗殺犯に与したとして裁かれた女性について、彼女を弁護した弁護士の目線で描かれている。

 案外、知っているようで知らないリンカーン暗殺の流れを辿ることが出来る、という点でも興味深いが、本篇はそれ以上に、勝者による敗者への侮り――もっと端的に言えば、“差別”が描かれている点が特徴ではなかろうか。

 作中、裁判を取り仕切るスタントン陸軍長官には、長い内戦によって疲弊した国家を立て直すために、大統領暗殺、という悲劇を早く過去のものにしたい、という明確な目的があって、あえて裁判を強行する、という意志がある。だが、それ以外の人々がメアリーに対して向ける眼差しは極めて感情的だ。奴隷制度に固執し、長く抵抗を繰り返し、北軍の同胞たちを多数葬った人間のひとり、という見方をしている。

 だが、メアリーは決して戦争には参加していなかったし、そもそも裁判の時点での容疑は決して確定はしていないのだ。にもかかわらず、告発された、という事実だけで色眼鏡で眺められる。しかも、早期に事態を収拾したい、という政府の意図故に、ろくに証拠固めさえ行われていない。時を経た現代の人間の目からすれば、周囲の眼が曇っているのは明白なのに、その事実をなかなか悟ろうとしない。この状況に、観客としては終始ヤキモキさせられ、同時に慄然とする。

 裁判が進行し、自分でも事実関係を調査していくうちに、視点人物たるエイキンも裁判の異様さに気づき、メアリーの無実を証明するほうに傾いていくが、それでも事態は好転しない。エイキンが客観的には見事に証人を論破しても、裁判長は決して納得しないし、エイキンの側からの異議はことごとく却下し、検察の異議はほとんど認められてしまう。それでも懸命にメアリーを救おうとするエイキンは終盤、かなり大胆な策を試みるが、それさえも覆される。その過程自体は非常にスリリングで、映画としての見応えも備えているが、しかし人々の言動、悪意があまりに生々しく、おぞましささえ覚えるはずだ。

 きっと、観ているうちに感じるはずである。ここで描かれている出来事は、決して過去のものでも、他人事でもない。いまもあちこちで――アメリカに限らず、日本でももちろん起きていることの、端的な例のひとつなのだ。

 そもそも、ひとが人を裁く、というのは簡単なことではない。間違って罰するわけにはいかないから、徹底した捜査が行われ、罪状を認定し、そうして刑が決められる。そうあるべきなのに、人はしばしばそこに私情を、個人的感情を介入させてしまう。どれほど反証があったとしても、私憤や憎悪が認識を歪めてしまうものなのに、そういう現実にはほとんど頓着しない。何故なら、相手は犯罪者であり、“差別”していいものだ、という認識を誤って抱いているから、劣悪な条件に陥れていることを軽視してしまう。本篇は、誰もが陥りながらもあまり感じない、考えようとしない実情を、極めて客観的に描き出している。

 他にも本篇の優れた点は多く存在する。舞台を絞りながらも巧みな構成により世界を膨らませ、19世紀のアメリカを再現した点もそうだし、被告メアリー・サラットが最後まで守ろうとしたものの正体を、弁護士であるエイキンとの関係性と対比させる処理も見事だ。このふたりを演じたジェームズ・マカヴォイロビン・ライトを筆頭に、それぞれに強い想いや信念を抱えていた人々を演じた俳優陣にも隙がない。

 しかし、それでもなお私は、本篇の最も優れた点は、“差別”というものの本質を見事に剔出したことにある、と考える。しかも、その端緒が奴隷解放宣言を実現したリンカーン大統領の暗殺にあり、彼を支持した北軍の人々によって、非道な裁判が行われていた――この歴史的事実に着目し、華々しくはないが堅実に描ききった本篇は、大々的に支持はされないかも知れないが、一見の価値のある名作である、と思う。

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