『ハミングバード』

ユナイテッド・シネマ豊洲が入っているららぽーと入口の沸きに掲示されたポスター。

原題:“Hummingbird” / 監督&脚本:スティーヴン・ナイト / 製作:ポール・ウェブスター、ガイ・ヒーリー / 製作総指揮:スチュアート・フォード、ブライアン・カヴァナー=ジョーンズ、ディーパック・ナヤール、ジョー・ライト / 撮影監督:クリス・メンゲス / プロダクション・デザイナー:マイケル・カーリン / 編集:ヴァレリオ・ボネッリ / 衣装:ルイーズ・スターンスワード / ヘア&メイクアップデザイナー:ポール・パティソン / キャスティング:レオ・デイヴィス、リッシー・ホルム / 音楽:ダリオ・マリアネッリ / 出演:ジェイソン・ステイサム、アガタ・ブゼク、ヴィッキー・マクルア、ベネディクト・ウォン、ジャー・ライアン、ヴィクトリア・ビューイック / シューボックス・フィルムズ製作 / 配給:Showgate

2012年イギリス作品 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:種市譲二 / PG12

2014年6月7日日本公開

公式サイト : http://www.hummingbird-movie.jp/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2014/06/11)



[粗筋]

 アフガニスタンで不祥事を起こし、軍法会議までのあいだ陸軍病院に収容されていたジョゼフ・スミス(ジェイソン・ステイサム)が逃走した。

 1年後の1月、ジョゼフの姿はソーホーの路地裏にあった。食うや食わずの暮らしを送っていたジョゼフは、イザベル(ヴィクトリア・ビューイック)と身を寄せ合って暮らしていたが、ホームレスたちを麻薬の取引に利用している2人組の襲撃を受け、負傷した身を庇い逃げまわるうちにはぐれてしまう。

 逃走のなか、ジョゼフはマンションの高層にある部屋に潜入する。都合のいいことに、部屋の主は10月まで戻らないらしい。高級家具や上質な衣服が揃い、大量に放置されていた郵便物には銀行のキャッシュカードまで含まれていた。引き出した金で酒やドラッグを買ったジョゼフだったが、ホームレスの支援をしている修道女のクリスティナ(アガタ・ブゼク)にたしなめられ、手許に残っていた金をすべて彼女に渡して立ち去った。

 ハイになっているあいだも、しかしジョゼフはイザベルのことが気にかかっていた。貼り紙をして捜し回ったが、連絡先として記していたマンションの留守電には、「構わないで」という伝言が残されていた。

 しかし、ジョゼフは鵜呑みに出来なかった。何事か問題を抱える彼女を救うため――そして、底まで落ちた己に鞭を入れるため、潜入したマンションを拠点に、生活の立て直しを図るのだった……

[感想]

 ジェイソン・ステイサムは素晴らしい俳優である――と言ったら否定するひとも多いかも知れない。アクション映画ばかりだし、演じる役柄は似たり寄ったりだし、といった点を挙げて反論されるだろう。そのあたりは私も否定しない。

 ただ、恐らく現在、誰よりもイメージが確立している俳優、という点は誰しも同意してくれるはずだ。そして、本人もそれを拒絶することなく、あえてそのイメージに乗じることで、自らの俳優としての地位を高め、価値を確かなものとしてきた。観客側が求め、そして製作者側でも求めるイメージに快く乗ることで、“安心して観られる俳優”となった。彼ならこういう役をするだろう、そしてそのイメージの中で充分に魅力を発揮してくれるだろう、と信じて観に行って、裏切られることはない。こういうタイプの俳優は、間違いなく稀だ。私が素晴らしい俳優、と評する所以である。

 ただ、本篇はちょっとだけ印象が違うかも知れない。従来の作品のような激しいアクション、緊迫した見せ場を期待すると、思いのほかそういう場面がないのに驚くはずだ。

 しかし、それでも本篇のステイサムは相変わらず、観客の抱くイメージを裏切りはしない。冒頭の断片的な回想では、傭兵時代の姿がわずかに垣間見えるものの、初めてしっかりと顔を見せたときには珍しいざんばら髪に薄汚れた衣服、というみすぼらしさで、はじめは悪党たちにただ殴られているだけ、という様子にも驚かされる。だが、すぐに反撃に転じ、命からがら侵入した部屋で、置いてある物を活用して生き延びようとする様には、平素と同じ逞しさが窺える。

 抑えめとはいえきちんとアクションもあり、過激な見せ場もある本篇だが、しかしジェイソン・ステイサムお馴染みのタフネスを単純に刻みつけるに留まらず、その奥の脆さ、繊細さをも掘り下げて描き出していることが出色だ。たとえば、戦場の経験で背負ったPTSDによる幻覚に悩まされている様子であったり、修道女クリスティナを相手とした微妙な距離感で繰り広げられるロマンスの、らしさを延長した演技もさりながら、特に注目していただきたいのは、もっと些細な部分だ。潜伏しているマンションの隣人に見つかったとき、咄嗟に本来の住人の知人を装った彼の思いがけず柔和な笑顔。人生の立て直しを図り、地道に仕事を探している際の、何もかも呑みこんだかのような無表情と対比すると、その振り幅に驚かされるはずだ。決してジェイソン・ステイサムは単純な肉体派というわけではなく、こういう表情の変化もきっちり表現出来る役者である、という点を本篇はきっちり引き出している。

 本篇はそうしたジェイソン・ステイサムの俳優としての色気を充分に焼き付けている点で優秀だが、そういう俳優を活かして、混じり気無し、まさにハードボイルド、としか呼びようのない物語を実現していることも高く評価したい。込み入った謎解きの要素もなく、展開に大きな驚きもないが、しかしどん底に落ちた男が自分なりに再生を図る、その逞しさを渋いトーンで描き出した本篇には、アクション一辺倒で魅せるものとは異なる男臭さが滲んでいる。同時に、自ら手を差し伸べることが出来ない家族への想いや、自分と似たような境遇にある仲間たちに対する配慮など、繊細な面もきちんと汲み上げているから、男臭さに嫌らしさがない――もちろん、本篇のように抑えたトーンでも、そのマッチョぶりが鼻につく、というひともあるだろうが、描写のひとつひとつに配慮を施し奥行きをつけた本篇を、思い込みのみで敬遠するのは勿体ない。

 主人公ジョセフの生き様、“贖罪”のために選んだ行動は決して褒められたものではないし、万人が理解できるものではない。ただ、己の生き方を悔い、出来る方法をもって償おうとする意志は快く、その結末の哀しさにも拘わらず穏やかな余韻を残す所以だろう。

 ジェイソン・ステイサムという俳優が備える個性、魅力をアクションに依存することなく、しかしアクションを否定することなく、絶妙な匙加減で引き出した。そんな彼の、恐らくは俳優としての隠れた代表作となると同時に、近年珍しい歯応えのある純粋なハードボイルドとして、好事家の記憶に残るのではなかろうか。少なくとも、ジェイソン・ステイサムという俳優にずっと注目していて、かつ味わいに富んだハードボイルドをずっと欲していた私には、この上ない好篇だった。

関連作品:

イースタン・プロミス

バンク・ジョブ』/『メカニック』/『ブリッツ』/『キラー・エリート』/『SAFE/セイフ』/『PARKER/パーカー

アンナ・カレーニナ』/『キック・アス ジャスティス・フォーエバー

ロング・グッドバイ』/『タクシードライバー』/『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』/『いずれ絶望という名の闇』/『必死剣鳥刺し』/『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』/『ウィンターズ・ボーン』/『やがて哀しき復讐者』/『許されざる者』/『リディック:ギャラクシー・バトル

コメント

  1. […] 『バンク・ジョブ』や『ロシアン・ルーレット』のように、アクションのない作品で存在感を発揮することもあるが、基本的にこれ以降、ジェイソン・ステイサムはアクション映画に傾倒していく。 […]

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