『天才バカヴォン 〜蘇るフランダースの犬〜』

新宿バルト9、エレベーターに施された広告塗装。写ってないけど左にもうひとつあります。

原作:赤塚不二夫 / 監督&脚本:FROGMAN / 企画:山田太郎 / 製作:松本淳、本間道幸、遠藤茂行、細野義朗、旦悠輔、星野晃志、星野岳志 / 製作総指揮:椎木隆太 / 作画監督:山脇光太郎 / オープニング演出:八木竜一 / オープニング制作:白組 / 音楽:manzo / オープニングテーマ:チームしゃちほこ『天才バカボン』 / 主題歌:クレイジーケンバンド『パパの子守唄』 / 声の出演:FROGMAN犬山イヌコ瀧本美織濱田岳岩田光央、上野アサ、澪乃せいら上島竜兵、村井國夫、金田朋子バイク川崎バイク、出雲阿国鈴木あきえ木原浩勝、沼田健、安藤公一、坂本頼光秋本帆華(チームしゃちほこ) / アニメーション制作:DLE / 配給:東映

2015年日本作品 / 上映時間:1時間25分

2015年5月23日日本公開

公式サイト : http://bakavon.com/

新宿バルト9にて初見(2015/05/23) ※初日舞台挨拶付上映



[粗筋]

 東京の片隅で暢気に暮らすバカボン一家。大黒柱であるバカボンのパパ(FROGMAN)は近頃“太陽を西から昇らせる”ことにご執心だが、相変わらずの毎日を過ごしている。

 ところが最近、一家を頻繁に妙な客が訪れる。バカボンのパパとしか言わないパパの本当の名前を訊ねるのだ。ある日、内閣情報局職員の神田輝夫(FROGMAN)という人物が、その背景を一家に語った。

 いま、オメガ(村井國夫)が首領として率いるインテリペリという秘密組織が、あらゆる未来を予測可能である、という神の頭脳“オメガ”を開発している。そのためには全人類に関する情報を入力する必要がある、というのだが、唯一バカボンのパパの本名だけが抜け落ちている。パパの名前を入力すれば、インテリペリは一気に世界征服の野望を成し遂げる危険があるのだ。神田たち情報局職員は、パパが組織に本名を明かしてしまわぬよう、一家の警護を申し出る。

 一方、何人の使者を送っても、名前を聞き出すどころか、パパに弄ばれるだけだった組織も、次の手段に打って出ようとしていた。パパが駄目なら、息子であるバカボン(犬山イヌコ)の口から聞き出そう、と考えたのである。しかし、あの常識外れの親子から情報を引き出すには、それ相応の背景を持った子供でないと立ち向かえない。そこでダンテが目をつけたのは――ネロ(瀧本美織)だった。

 かつて絵画を志す純粋な少年でありながら、貧しさから村人に誤解され、愛犬と共に失意のまま天に召されるはずだったネロ。しかし、自らを追い込んだ人々への恨み故に、ネロは天に昇ることを拒み、自ら地獄へ赴いて復讐の機会を窺っていた。ダンテはネロを召喚、復讐の機会を与える代わりに、バカボンに近づき、パパの本名を聞き出すよう命じたのだ。

 ネロは愛犬パトラッシュと共に、バカボンが通う小学校に潜入する。何も知らないバカボンは、すり寄るネロに快く接するのだが……

[感想]

 昭和を代表するギャグ漫画まさかの復活、である。平成に入った直後に1度、20世紀末にもいちどテレビアニメが作られているが、ここに来て劇場版が来るとは思わなかった――が、監督がFROGMANとなるとちょっと事情は違う。

 FROGMAN監督は自身が育ててきた『秘密結社鷹の爪』などのオリジナル作品だけでなく、『テルマエ・ロマエ』や『ピューと吹く!ジャガー〜いま、吹きにゆきます〜』といった原作付きの作品も手懸けてきた。一見、荒唐無稽な作り方をしているように見えて、きちんと構成を考慮したシナリオを組む監督は、原作付きであっても作品の世界観を活かした、それでいて自身の作風もきちんと織り込んだ作品を完成させる技には長けているのだ。しかも、一般のセルアニメでなく、描いた絵を人形芝居的に動かしていく“flash”の仕組みを利用して制作しているため完成までが圧倒的に早い。『バカボン』のノリと勢いを再現する能力を確かに備えた作り手なのである。

 しかし本篇、公表時にはかなり物議を醸した。何せ、日本人に最も愛されるアニメーションのひとつである『フランダースの犬』のラストシーンをブチ壊しにして、ネロとパトラッシュを悪役として参加させる、というのだから。あのエンディングは繰り返しテレビで採り上げられ、多くの人に親しまれているだけに、ネロの顔が般若の如く歪む予告篇の映像はいい意味でも悪い意味でも話題となった。

 とはいえこの想定外のコラボ、話題となった時点で充分に成功している。そして作品の世界観を殺すことなく消化する技に長けたFROGMAN監督、こういう条件でもさすがにそつがない。

 とはいえ、本篇の世界観は赤塚作品というよりはFROGMANの作品世界にだいぶ寄せている。メインのバカボン一家や、レレレのおじさんやお巡りさん、ウナギイヌのようなお馴染みのモチーフはともかく、悪の組織や神田輝夫といったオリジナルキャラクターの佇まいはまるっきり『鷹の爪』だ。ギャグの組み込み方も基本、いつものFROGMANらしいスタイルを踏襲している。

 ただ、たぶんこれはこれでいいのだ。そもそも『天才バカボン』という作品は、漫画史に名を残す異才・赤塚不二夫のギャグセンスが随時採り入れられた作品だった。ブラックユーモアは年がら年中だったわけだし、実験的趣向も豊富だったのだ。そういう原作に安易に寄せていくぐらいなら、起用されたFROGMAN自身の作風に寄せていく方がいい。

 そして、だからこそ、ここに『フランダースの犬』をぶつける、という発想も活きてくるのである。実は、何か他の作品とのコラボで、というアイディアは企画の早くから出ていたらしいのだが、それが『フランダースの犬』まで辿り着くには紆余曲折があったらしい。そこで果敢にこの作品に目をつけた監督はもちろん、作品タッチまで模倣する許可を与えてしまった日本アニメーションの懐の深さにも恐れ入る。

 出だしや細かな言動は色んな意味で『フランダースの犬』ブチ壊しではあるが、しかしそこも基本はFROGMAN流であり、ナンセンスな笑いをふんだんに採り入れながら優しさやクライマックスの興奮、感動といったものはおろそかにしていない。バカボンのパパの自由奔放な振る舞いで観る側を振り回しながら、ちゃんと『フランダースの犬』のドラマが本篇に絡んでくる構成になっているあたりには唸らされてしまう。まあ、あそこまでブチ壊しにされて感動までするかどうかは解らないが、この物語を『天才バカボン』の価値観に放り込んだ意味はちゃんとある、と捉えられるように仕組んであるのだ。

 終わってみると、この組み合わせは最善であったように思えてしまう。そして、この物語の中で、驚くべきことに、バカボンのパパが最後には格好良く見えてしまう。パパのまんまでそんな風に感じさせてしまう、なんて技はたぶん、出来る人はそうそういないだろう。

 これまでのキャストをあえて排除した、という配役も、観てしまうとしばらく頭の中に染みついてしまうほど見事にハマっている。赤塚不二夫関係者からも賞賛されたという犬山イヌコバカボンは無論、FROGMAN自身のパパに、『鷹の爪』シリーズでもお馴染みの上野アサによるママやハジメ、お巡りさんも非常にしっくり来る。最初は貫禄を示しながら、最後にはパパに無茶苦茶にされる悪の首領をきっちり演じきった村井國夫の堂々たる存在感も秀逸だ。『風立ちぬ』の演技に魅せられて監督が選んだ、という瀧本美織のネロも、オリジナルのイメージを留めながらいい具合に崩れていて快い。

 オープニングに『STAND BY ME ドラえもん』の八木竜一監督&白組を起用したり、FROGMAN作品の音楽をほとんど担当しているmanzoにオーケストラを率いさせたり、オープニングにはチームしゃちほこ、エンディングにはクレイジーケンバンドと、テーマに旬と大物を招いたり、とFROGMAN作品としてはけっこうな力の入りようだ(いや、別に普段が手抜きとは思ってませんが)。しかし、良くも悪くもユルい部分や、そこにこっそりと巧みな構成を仕掛けて感動を誘ってしまうあたりなど、全体のノリはいつものFROGMAN監督作品と変わらない。

 だが、ベタを恐れずに言い切ってしまいたい、“これでいいのだ”と。背伸びして闇雲な大作にする必要も、解りやすいドラマにする必要もない。冒険とベタのうまく調和された本篇は、ちゃんといま観て面白い、いまの『天才バカヴォン』になっている。

 だから、本篇が好評を博して、もう1回、となっても私は驚かない――最後のアレがそのまんま続篇に登場したら、また世間に騒がれるだろうけど、それもまた一興。

関連作品:

ピューと吹く!ジャガー〜いま、吹きにゆきます〜』/『秘密結社鷹の爪 THE MOVIE II 〜私を愛した黒烏龍茶〜』/『秘密結社鷹の爪 THE MOVIE 3 〜http://鷹の爪.jpは永遠に〜』/『ハイブリッド刑事』/『鷹の爪GO〜美しきエリエール消臭プラス〜』/『鷹の爪7〜女王陛下のジョブーブ〜

風立ちぬ』/『罪とか罰とか』/『舞妓はレディ』/『パプリカ』/『銀の匙 Silver Spoon』/『山桜』/『STAND BY ME ドラえもん

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