たぶん10年くらい待っていた。

 週末は封切り映画を鑑賞する日……という自分ルールは最近あんまり守れてる気がしませんが、今日は封切りを観るのです。なんてったって、待ち焦がれていた1本ですから。

 最近、期待の新作や規模の大きな作品は、IMAXでかかることも多い都合上、TOHOシネマズ新宿に行くことが増えてましたが、今週いっぱいは『君の名は。』のIMAX版がかかっているせいもあって、目当ての作品も新宿では通常スクリーンでの上映。しかも、裏にMX4Dがあるため振動が伝わりやすく、内容的に望ましい環境とは言いがたい。それに引きかえ、日本橋ではTCXのスクリーンを使っている。もはや迷う必要もなかったので、一昨日、チケット購入が可能になった時点でチケットを確保し、チケットスウンターに出来た行列を横目に悠々と入場しました。

 本日鑑賞したのは、遠藤周作によるキリスト教文学の傑作に惚れ込んだマーティン・スコセッシ監督が長い月日をかけて映画化した作品、鎖国後間もない長崎を舞台に、ポルトガル人宣教師が己の信仰と向き合う沈黙 −サイレンス−(TCX)』(KADOKAWA配給)

 見出しにも書きましたが、私はこれ、10年くらい待ってました。スコセッシ監督自身が遠藤周作存命のあいだに直接映画化の許可を取り付けていたくらい、長年にわたって温めていた企画だったそうですが、私がこれの存在を知った当時、予告されていた出演者に、ベニチオ・デル・トロがいたのです。大好きな俳優が、日本を舞台にした映画に出演する、と聞いたら期待しないほうがおかしい。首を長くして待っていたのですが、しかし製作は難航、そうこうしているあいだに東日本大震災があって日本での撮影が困難になったり、製作遅延で監督が訴えられたり、とけっこう様々なトラブルが相次いだものの、ここに来てようやく実現に至ったわけです。生憎とベニチオ・デル・トロの出演はだいぶ前に白紙になってしまいました(記憶が正しければ一時は渡辺謙もキャスティングされていたのにこれもリストから消えてた)が、スコセッシ監督がそこまで苦労の末に完成に漕ぎ着けたことは状況からも理解できるので、意地でも観たかったのです。そのため、原作も2009年に文庫で購入してたんですが、色々あって読むタイミングがなく、上映開始前夜にやっと読み終えるという泥縄ぶりでした。でもちゃんと原作の内容も把握しての鑑賞です。

 なまじ直前まで原作を読んで、映画にした場合の表現も想像してしまっただけに、ところどころピンと来ないところもあったのですが、しかし基本的には原作の通り。細かに変更を施しつつも、原作の精神は見事に息づいています。宣教師の信仰に疑問を投げかける幾つもの出来事、ある意味では極めて真っ当な信念からキリシタンを弾圧する役人達の姿。そこから浮かび上がる、“神とはなんなのか”“信仰とはなんなのか”という根源的な問い。キリスト教を信奉していなくとも、知識がなくとも考えさせられてしまう、重みのあるドラマを見事に映像として再現しています。

 海外の方が日本を舞台に撮ると妙な雰囲気になることもしばしばですが、いわゆるサムライ・ゲイシャ・ニンジャのようなステレオタイプに封じ込めることなく、美しいものも薄汚いものも再現しようとした江戸初期長崎の姿は、日本人が撮ってもこうはいかない、というレベルで説得力がある出来映えです。

 思い入れが強かったぶん、若干物足りなかった面もありますが、しかしそれでも充分に満足のいく完成度。名作だと思います。スコセッシ監督が諦めずに完成させてくれて喜ばしい限り。

 鑑賞後、同じコレド室町の中にあるラーメン店で食事を、と思って移動してみたら――昨年10月末に閉店していた。やむなく、御茶ノ水のほうまで足を伸ばして、別のラーメン店で昼食を済ませてから帰宅……久々だったせいか、だいぶ胃にもたれました。

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