帝都衛星軌道

帝都衛星軌道 『帝都衛星軌道』

島田荘司

判型:四六判ハード

版元:講談社

発行:2005年11月20日

isbn:4062134144

本体価格:1700円

商品ページ:[bk1amazon]

 1999年3月、市ヶ谷のマンションに暮らす紺野貞三・美砂子夫妻のひとり息子である裕司が誘拐された。犯人が提示した身代金の額は、僅かに15万円――貞三の通報により捜査に当たった警察を犯人は巧みに翻弄するが、最終的に身代金は奪われず、裕司は無事に戻ってきた。その代わり、取引に駆り出された美砂子はそのまま家に戻らず、貞三が留守の隙に一時的に帰宅した美砂子が置いていったのは、離婚届だった――誘拐犯の目的は何だったのか、そして美砂子の身に何が起きたのか? 前後編に分かれた表題作に、東京の地下を徘徊する人々の姿を活写した『ジャングルの虫たち』を挟み込んだ異色の作品集。

 不可解な事件を契機に歴史の暗部に踏み込んでいく、著者お得意のパターンで構成された作品である。身代金の異常に少ない誘拐事件と、犯人からの連絡手段や、運び手に選ばれた美砂子の不可思議な行動など、これも著者らしく魅力的な謎で前編は読者を牽引していく。

 だが、あいだに挟まれた『ジャングルの虫たち』、そして表題作後編のくだりは、人によって評価が分かれるところだろう。前編の魅力的な謎を早く発展させて欲しいという向きには、ここで『ジャングルの虫たち』という繋がりの見えてこないエピソードを挟まれてはもどかしさが募る。その挙句に後編で解き明かされる動機や仕掛けも、正直なところ提示された謎の魅力には遠く及ばない。事件の謎や動機と直結しない都市の暗部についての蘊蓄も浮いているし、それについて語るくだりが、会話の構成のせいもあって空疎に感じられるのも気に掛かる。何より、事件と絡められた都市の暗部とのバランスが不揃いで、それぞれの緊密さに欠くのが、トータルとしての弱さに繋がっている。

 ただ、そうした決して重量級ではない素材を読ませてしまう巧さと、無数のアイディアを惜しげもなく注ぎ込み最後まで満喫させる、職人芸的な話の紡ぎ方は見事である。まったく思いもよらない話の展開から、最後に東京という都市の構造にまつわる謎解きに繋げていく、この強引な展開は恐らく他の作家では成し得ないものだろう。

 とりわけ本書で出色なのは、決して大上段に構えない、静かで沁み入るようなラストシーンである。切ない幕引きは、それぞれは分裂している出来事をひとつに束ね、読み手の心に穏やかだが重い余韻を齎す。著者ならではのドラマ構成の巧みさが奏功した部分であろう。

 傑作とは言い難いが、不思議と強い印象を残す力作である。

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