『フィリップ、きみを愛してる!』

『フィリップ、きみを愛してる!』

原題:“I Love You Phillip Morris” / 原作:スティーヴ・マクヴィカー / 監督・脚本:ジョン・レクアグレン・フィカーラ / 製作:アンドリュー・ラザー、ファー・シャリアット / 製作総指揮:リュック・ベッソン / 共同製作:ミリ・ユーン / 撮影監督:ハビエル・ペレス・グロベット / 美術:ヒューゴ・ルジック=ウィオウスキ / 編集:トーマス・J・ノードバーグ / 衣装:デイヴィッド・C・ロビンソン / キャスティング:バーナード・テルセイ,CSA / 音楽監修:ゲイリー・カラマー / 音楽:ニック・ウラタ / 出演:ジム・キャリーユアン・マクレガーレスリー・マンロドリゴ・サントロ / マッド・チャンス製作 / 配給:Asmik Ace

2009年フランス作品 / 上映時間:1時間37分 / 日本語字幕:太田直子 / R-15+

2010年3月13日日本公開

公式サイト : http://iloveyou.asmik-ace.co.jp/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2010/03/17)



[粗筋]

 スティーヴン・ラッセル(ジム・キャリー)は不幸な境遇に生まれ育った――とは言い難い。幼少の頃、養子であることを告げられたが、以降も養父母は変わらぬ愛を注ぎ、スティーヴンも成長したのちは家業を積極的に手伝っていた。産みの親に逢いたい一心で警察官となり、情報を得て接触した結果、拒絶されるという悲劇は経験したが、それでも彼には愛する妻のデビー(レスリー・マン)も娘のステファニーもいる。警察官の職を退き、フロリダに転居したのちも、愛に包まれた幸福な暮らしを送っていた。

 運命を大きく変えたのは、交通事故である。大事故であったが命に別状のなかったスティーヴンは、この出来事をきっかけに開き直ってしまった――妻と娘に、秘密を打ち明けたのである。実はスティーヴンは、ゲイだったのだ。

 妻と別れたスティーヴンは、まさにタガが外れたように、求めていた幸福を謳歌した。ジミー(ロドリゴ・サントロ)という恋人を得ると、当時のゲイ・カルチャーの象徴である華やかな生活を満喫する。

 そして、そんな理想の生活を維持するために、スティーヴンは本格的に詐欺に手を染めた。クレジットカードの不正利用や保険金の搾取、トマトの品質を偽った高額の取引などで金を稼ぐと、恋人のジミーや、離婚後も良好な関係を築いているデビーと娘に貢ぎまくった。

 そんな放恣な生活が長続きするはずもなく、スティーヴンの犯行は遂に警察に嗅ぎつけられる。もと警察官であり、刑務所の実情を知っていたスティーヴンは自殺して辛苦を逃れようとしたが失敗、あえなく投獄された。

 送りこまれた刑務所でスティーヴンは、ひときわ繊細でキュートな男に巡り逢う。彼こそが、フィリップ・モリス(ユアン・マクレガー)――スティーヴンがその後に起こす大事件の、きっかけとなった人物であった……

[感想]

 高いIQを誇る天才詐欺師が、同性の恋人に愛を囁きたいがために、刑務所入りになる――こういう大前提だけで、興味を惹かれる人は多いだろう。しかもそれが実話をもとにしているとなれば、尚更にそそられる。

 但し、この惹句が象徴しているのは、本篇のクライマックスではあるが、ごく僅かな部分でしかない。本篇はその天才詐欺師の半生を辿り、彼が何故犯罪に手を染めたのか、どのように“運命の恋人”フィリップと出逢い、彼に対する愛に生きるようになっていったのか、を巧みに構成して描いている。

 そして、この過程がいちいち面白い。冒頭に掲げた惹句にどのように話を導くのか、という関心から劇場に足を運んだとしても、失望することはないだろう。たとえば、ずっと本来の嗜好をひた隠しにして二重生活を送っていたスティーヴンが家族にカミングアウトをするに至るまでの成り行きからしてコメディであるし、生活を支えるために手を染めた詐欺の手口、展開の描き方もユニークだ。

 確かに知性的ではあるが、あまりに大胆で、どこか雑さも窺える主人公スティーヴンの手口は、全体に彼自身の人好きのする性格に負うところが大きいと思われる。明るく取っつきやすい性質と、大胆な嘘を鵜呑みにさせてしまう絶妙な言葉と表情の使い方がポイントだ。この人物像に、外連味の強いジム・キャリーという俳優が見事に嵌っている。

 しかし、スティーヴン以上に重要なのが、終盤で彼の行動のモチベーションとなるフィリップ・モリスだ。この役柄を、ユアン・マクレガーが文字通り惚れ惚れとするような演技で全うしている。純粋でどこか女性的な立ち居振る舞いをしながらも、確かに男性としての色香も備えており、仮に同性愛的傾向のない男性でも彼には一瞬目を惹かれるだろうし、そういう性向があると自覚している人なら恋に落ちても不思議に感じない。ユアン・マクレガーは『スターウォーズ』シリーズでは主人公アナキン・スカイウォーカーの師匠であるオビ=ワン・ケノービの貫禄を表現し、最近では人気シリーズの第2作『天使と悪魔』で生真面目な司祭を見事に演じており、どちらかというと硬質な役柄に嵌るような雰囲気があった。だが本篇ではその印象を忘れさせるほどの柔らかなキュートさで魅せており、俳優としての幅の広さを見せつけている。

 この魅力的なふたりを柱に終始スラップスティックに物語は展開していくが、しかし本篇の巧さはやはりその構成だろう。冒頭、いきなり“死にかかっている”というスティーヴンのモノローグから始まることもそうだが、基本的に時系列に添って綴りつつも、随所でひねりを入れて、謎や意外性をちりばめて観客を牽引し続ける。それと同時に、決してシンプルではない主人公の意識をうまく観客に理解させるように論旨を繰り広げ、本来決して同情する余地のあまりない犯罪者である彼に共感させてしまっている。罪の重さをあまり感じさせず、スティーヴンの極端に大きな愛の形に感動さえ覚えさせてしまうのだ。

 物語の顛末については、広告や予告篇からだいたい想像がついてしまうが、だからと言って終盤の意外性は損なわれないし、大方の予想するような、苦い余韻は皆無に近い。むしろ奇妙なまでの清々しさがあり、混じり気のないハッピーエンドのように感じさせる。それは、不運な生い立ちと多くの犯罪歴にも拘わらず、フィリップは無論のこと、離婚した妻や娘からも未だ愛されているという幸せな境遇に加え、愛する人に想いを伝える行動の数々に、全力を捧げているからだろう。あそこまでして想いを遂げたのなら、どんな結末だろうと悔いは残らないに違いない、と思えてしまうのである。

 詐欺や脱獄の手口の鮮やかさ、その執拗さから犯罪もの、コン・ゲームの映画として捉えることも可能だろうが、それよりはごく上質の、ロマンティックなラヴ・コメディと言ってしまったほうがしっくり来る。如何せん題材が題材であるだけに、お子様に見せられない要素がてんこ盛りだし、卑猥な表現に耐性のない人には向かないだろうが、そうした条件をクリアできる方には心からお薦めする。

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コメント

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