TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『キネマの神様』チラシ。
原作:原田マハ / 監督:山田洋次 / 脚本:山田洋次、朝原雄三 / プロデューサー:房俊介、阿部雅人 / 撮影:近森眞史 / 美術:西村貴志 / 照明:土山正人 / 編集:石島一秀 / 録音:長村翔太 / 衣装:松田和夫、牧亜矢美 / VFX監修:山崎貴 / 音楽:岩代太郎 / 主題歌:RADWIMPS feat. 菅田将暉『うたかた歌』 / 出演:沢田研二、菅田将暉、宮本信子、永野芽郁、小林稔侍、野田洋次郎、北川景子、リリー・フランキー、松尾貴史、前田旺志郎、志尊淳、広岡由里子、北山雅康、原田泰造、片桐はいり、迫田孝也、近藤公園、豊原江理佳、渋谷天笑、渋川清彦、松野太紀、曽我廼家寛太郎、寺島しのぶ / 企画&配給:松竹
2021年日本作品 / 上映時間:2時間5分
2021年8月6日日本公開
公式サイト : https://movies.shochiku.co.jp/kinema-kamisama/
TOHOシネマズ上野にて初見(2021/8/11)
[粗筋]
円山あゆみ(寺島しのぶ)は、職場に突然かかってきた電話に慄然とする。父・郷直(沢田研二)が借金をしている消費者金融が、今月の返済が滞っている、と言うのだ。
あゆみは前にも、職場の退職金を父の借金返済に充てたことがある。二度と迷惑はかけない、という宣言を裏切ったことにあゆみは憤るが、剛直はのらりくらりとかわすばかり。あゆみは母・淑子(宮本信子)とともに依存者家族の会に参加し、主催者(原田泰造)の助言を参考に、剛直が公園の清掃で得た収入と年金が振り込まれる口座をあゆみが預かり、それ以外の金を持たせないことにした。せめてもの楽しみとして、剛直の昔馴染み・寺林新太郎(小林稔侍)が経営する名画座・テアトル銀幕の会費と、衛星放送だけは今後も払う、と約束する。
ふて腐れた剛直はその足で、その日の営業を終えたばかりのテアトル銀幕を訪ねる。折しも寺林は、翌日からの特集上映に備え、出水宏監督(リリー・フランキー)の『花筏』という作品の試写を始めるところだった。この作品が撮られたとき、剛直と寺林は撮影所に勤めていたのだ――
若かりし日の剛直、通称ゴウ(菅田将暉)は撮影現場で副監督として、出水監督らの補佐や俳優たちの世話を請け負っていた。その傍ら、いずれはメガフォンを握ることを夢見て、オリジナルの脚本作りにも勤しんでいる。
一方の寺林、愛称テラシン(野田洋次郎)は、試写室の映写技師として、スタッフに向けたラッシュの上映などを管理していた。真面目で勉強家だが、日がな一日映写室に籠もりっぱなしのテラシンに、ゴウは撮影所が贔屓にしている食堂・ふな喜のひとり娘だった淑子(永野芽郁)を紹介する。
ゴウの思惑通り、テラシンは淑子に恋心を抱くようになった。ゴウはふたりを近づけようと考え、付き合いのある人気女優・桂園子(北川景子)に伊豆へのドライブに誘われた柴、ふたりを連れ出したり、テラシンに恋文を書くようそそのかしたりした。
だがその後、テラシンは伏せってしまった。ロケハンに付き合わされ地元を離れていたゴウが見舞いに訪れると、あれ以来淑子から返事がない、とテラシンは嘆く。ふな喜を訪ねたゴウは、淑子に本心を問い質した――
[感想]
本篇について語るときに、やはり志村けん乃存在を切り離すことは出来ない。
松竹映画100周年記念として企画された本篇の主演として最初にクレジットされていたのは、志村けんだった。2020年の3月までに、菅田将暉が主人公の青年期を演じた過去のパートの撮影が終わったところで、志村が老年期の主人公を演じる現代パートが撮影される、という流れを予定していたらしい。
しかし、どうやら撮影を前にして、世界を一変させた新型コロナウイルス感染症の蔓延が始まった。そのごく早い段階で不運にも志村が感染、急逝してしまう。
一時は頓挫の怖れもあった本篇だが、志村けんとは最盛期にテレビ番組での共演も多く、気心の知れた沢田研二が代役を引き受けた。感染対策の充実やスタッフ、スケジュールの再調整など、恐らく相当な時間と労力を費やし、ようやく完成に漕ぎ着けた作品なのである。
そうした背景を知っているから尚更なのだろうが、恐らく事情を知らなかったとしても、本篇に現代の主人公・郷直が登場したとき、は、っとするはずだ。
沢田研二の演じる郷直が、驚くほどに志村けんを彷彿とさせるのである。
果たして原作の段階からそういうイメージだったのか、脚本で提示されたイメージが近かったのか、配役が決定した時点から寄せていったのかは不明だが、この年老いた《郷直》という人物像は、志村けんが自身のコント番組などで演じてきたキャラクターに極めて近い。故に、役柄を自然に体現しようとすればするほど志村けんに寄ってしまうのは恐らく自然なことなのだが、それにしても、まるで沢田に志村が憑依したかと思ってしまうくらいに雰囲気が再現されている。そこには、親交があった沢田と、ともに仕事することの叶わなかった撮影班たちの、志村に対する哀惜と敬意が深く感じられる。
ひとくちに言ってしまえば、この郷直という主人公、とりわけ年老いた現代パートの彼は“ろくでなし”だ。いちど大きな借金をして娘の退職金まで使わせたのに、喜寿を超えてまだ酒と博打に溺れている。叱られれば逆ギレしたりみっともなく哀願したり、ようやく屈服したかと思えば、友人の営む映画館の冷蔵庫からビールをくすねて飲んでいる。現実に傍にいれば甚だ迷惑な人物だ。
しかし、物語の中で観ている分には愛敬を感じる。見え見え過ぎる嘘の吐きかた、人目を忍んでビールに手を出す素振りなど、コント的で笑ってしまう。その仕草や言動に、疑いようもない《志村けん》という芸人が演じてきたキャラクターがちらつく。そして、その演技を間近で見てきた沢田研二が、恐らくは自分越しに観客が《志村けん》を見ることを怖れずに――むしろたぶん積極的にそう捉えられることを意識して演じている。そこには、実際にカメラの前で郷直を演じることのなかった《志村けん》への哀悼と敬意が強く窺える。物語終盤で歌を披露する場面があるのだが、そこでの選曲までが見事に《志村けん》に寄せている。はじめからそういう構想だったのか、はもはや完成品から推測することは難しいが、本篇を観る限り、《志村けん》のために用意した作品であり、出演が叶うことなく亡くなったことにより、余計そういう意図を強めた、と感じられる。
と、《志村けん》に思い入れのある人間が観るとまずそこに感激し、魅せられてしまうのだが、それと同時に本篇は、“松竹映画100周年記念”と銘打っているだけあって、往年の映画界の空気を巧みに織り込み、その時代に作られた映画への敬意や憧憬も籠められている。
物語は、過去パートの時代を明確にしていないが、そこに鏤められているのは1950年代から60年代頃、まさに山田洋次監督が松竹撮影所に在籍していた時代の要素だ。序盤からゴウが助監督として手伝う出水宏監督は清水宏、劇中で「娘が嫁に行くとか、そんな話ばかり撮っている」と揶揄されるのは小津安二郎といった具合に実在の人物をモデルにしたキャラクターを登場させ、実在する映画への言及もちらほらと窺える。過去パートの撮影所で労働争議らしきものの影が窺えることも含め、恐らくは山田監督の記憶にある撮影所の雰囲気を再現したものと思われる。郷直の年齢から逆算すると10年ほどズレているのだが、恐らくそれを承知の上で、年代を明示していないのだろう。厳密さを求めると不自然だが、恐らくはそれも折り込み済みで時代をぼかしているのは、老練の手管と言える。
そこまでして描かれる、往年の撮影所の活き活きとした姿が観ているだけで楽しい。行きつけの食堂まで含めた共同体の賑やかさ、映画界への現状に対して漏らす不満もまた、そこで抱く夢や希望の膨らみを感じさせる。意欲ばかりが先走ってしまうゴウの、過去パート終盤の振る舞いにしても、実感的なリアリティがあればこそ痛々しく、しかし同時に微笑ましい。
率直に言ってしまえば、物語そのものにそれほどの意外性はない。劇中でゴウが作品にしようとする構想がポイントとなっているが、他の人物が語るほど目覚ましいアイディアとは感じない――ゴウが撮影所で働いていた時分ならば、技術的な問題もあって、着想として光ったかも知れないが、いまとなってはありふれた趣向だ。過去パートと現在パートにおける人間関係のねじれにしても、それこそ古い文芸作品でもしばしば目の当たりにしたものを、現代のパートを添えることで時間的に彩ったくらいで、突出した発想とは言いがたい。
しかし、本篇の良さは、そこで描かれる往年の映画界の活気、そして現在へと繋がる映画愛の暖かさにこそある。山田監督自身の体験を反映していればこその実感や具体性のうえに、映画界を離れてもなお、そして酒と博打で身をやつしてもなお映画館に足を運び語らおうとする郷直の本質があって、だからこそ終盤のドラマ、奇跡が頷けるものになる。
ある程度フィクションに親しんだ者なら、クライマックスの展開は察しがつくが、しかしそれゆえに快い。また、本篇が製作中に見舞われた事態にもきちんと向き合った内容になっていることも、本篇の価値をひとつ高めている。
多数の映画を手懸け、洗練された手際を持つ山田洋次監督にしては、脚本のアイディアや構成に粗さが見受けられるので、傑作、と素直には言いにくい。しかし、その粗さが却って情熱の為せる若書きの魅力と、製作途中で遭遇した未曾有の事態とそれに伴う悲劇への想いを生々しく実感させる。製作中止の危機に直面しながら、その本質にも向き合おうとしたからこそ、本篇は“過去”とともに“現在”をも活写した作品となった。
或いは本篇が本当に完成するのは、コロナ禍という悲劇が過去のものとなった瞬間なのかも知れない。
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