原題:“No Sudden Move” / 監督:スティーヴン・ソダーバーグ / 脚本:エド・ソロモン / 製作:ケイシー・シルヴァー / 製作総指揮:ジュリー・M・アンダーソン / 共同製作:コーリー・ベイズ、H・H・クーパー / 撮影監督:ピーター・アンドリュース(スティーヴン・ソダーバーグ) / プロダクション・デザイナー:ハンナ・ビーチラー / 編集:メアリー・アン・バーナード(スティーヴン・ソダーバーグ) / 衣装:マーチ・ロジャーズ / キャスティング:カルメン・キューバ / 音楽:デヴィッド・ホルムズ / 出演:ドン・チードル、ベニチオ・デル・トロ、デヴィッド・ハーバー、エイミー・シーメッツ、クレイグ・マムズ・グラント、ブレンダン・フレイザー、キーラン・カルキン、ノア・ジュープ、ルーシー・ホルト、キャサリン・バンクス、クラウディア・ラッセル、レイ・リオッタ、バイロン・バウアー、ビル・デューク / 映像ソフト発売元:Warner Bros.
2021年アメリカ作品 / 上映時間:1時間52分 / 日本語字幕:松崎広幸
日本劇場未公開
2021年11月3日映像ソフト日本盤レンタル開始
2022年3月2日デジタル版配信開始
DVD Videoにて初見(2022/3/19)
[粗筋]
1954年、デトロイト。
出所したばかりのカーティス・“カート”・ゴインズ(ドン・チードル)は、旧知の男から奇妙な仕事を引き受けた。ある一家に潜入し、底の父親が職場から書類を持ち帰るまで、家族を見張る、というものだった。報酬は5000ドル。きな臭い内容だが、刑務所入りになる事件がきっかけで忌避されているカートは引き受けざるを得なかった。
仲介役のダグ・ジョーンズ(ブレンダン・フレイザー)が手配したのはカートとロナルド・ルッソ(ベニチオ・デル・トロ)、そしてチャーリー(キアラン・カルキン)の3人。3人は互いに、それぞれの後ろ暗い来歴を薄々知っており、信頼関係はない。しかし、計画は実行に移された。
カートたちが潜入したのは、マシュー・“マット”・ワーツ(デヴィッド・ハーバー)の家。3人は一家に、周囲に気取られぬよう、自分たちの監視のもと、ふだんの月曜日と変わらない生活を送るよう命じる。マットはチャーリーと共に彼の勤務するゼネラルモーターズに出社し、金庫の中にある書類を回収して戻ってくる。3人が書類を確保すれば、一家を解放する、という手筈だった。タイムリミットは、マットとチャーリーが書類を回収して帰宅したことを、電話で連絡するジョーンズが確認するまで。
簡単な計画に思えた。だが、GM社の金庫に指示された書類が上司の手で持ち出されていたことで、事態は急速に悪化していく。この場を誤魔化すため、マットは別の書類を持ちだし、帰途にジョーンズに渡す。しかし、事実を知ったジョーンズは、連絡の電話に出たカートに、ロナルドとワーツ一家を射殺し、最初に面会したバーに戻るよう命じる。
このとき、本来であれば電話を受けるはずだったチャーリーは、口論の挙句にカートによって射殺されたあとだった。通話を切ったあと、マットから事情を聞いたカートは、チャーリーが単独で押し込み強盗をした、と装うようマットたちに指示し、ロナルドと共に家を出た。どうやら、自分たちが罠に嵌められた、と悟ったカートは、背景を探るべく、この件を取り持ったジミー(クレイグ・マムズ・グラント)を問い詰める。どうやら背後には、敵対関係にあるはずのふた組のギャングが絡んでいるらしい、というところまでは垣間見えたが、それ以上は解らない。
カートは、警察による現場検証から解放されたばかりのマットを呼び出し、書類を持ちだしたという上司メル・フォーバート(ヒュー・マグワイア)のもとへ向かわせる。フォーバートから書類を奪ったカートとロナルドは、これを武器に、この危機的な状況を乗り越えようと目論んだ――
[感想]
いっとき映画に見切りを付け、テレビドラマに活路を見出していたスティーヴン・ソダーバーグ監督がふたたび長篇映画を手懸けるようになったのは、映画好きとして嬉しい――ただ、監督は恐らく映画というよりは、配信というスタイルに着目しているらしく、先行する『ザ・ランドロマット-パナマ文書流出-』にせよ本篇にせよ、まだ手をつけられずにいるバスケットボールを題材としたドラマにせよ、すべて各種配信メディアで公開されている。出来れば映画館の大きなスクリーンでいちど味わっておきたい私としては寂しく、そして観る手段の確保という意味で悩ましい。
特に本篇は、日本においては2022年4月現在でサーヴィスを実施していないHBO MAXで配信されている。観ることは出来ないかも、と諦めかけていたところ、本篇含む一部作品をレンタル用DVDで先行リリースする、という、いまどき却って珍しいスタイルで公開された。これを書いている現時点で、Amazon Prime Videoなどにて有料で配信は始まっているが、未だにセル版DVDなどではリリースされていない。このような発表方式の模索は、まだしばらく続きそうな気がする――もっとも、一時期の映画業界衰退によって大手の配給会社が規模を縮小、その結果として日本に届く作品もだいぶ限定的となっていて、ネット配信方式が普及するにつれ、はじめから全世界での配信を前提とした作品が増え、結果的に観ることの出来る作品が増えているいまは、ある意味で一時期より幸運、とも言えるのだけど。
のっけから余談が長引いてしまったが、もともとクレヴァーな作り手であるスティーヴン・ソダーバーグ監督が、配信という媒体メインで発表するようになったのは、それなりに狙いがあった、と考えるべきだろう。個人的には、本篇にその狙いの一部が垣間見えた、と感じる。
内容的には、メジャー作品とインディーズを交互に手懸けていたソダーバーグ監督が、メジャーでしばしば手懸けていたスリラー、サスペンスの系譜に属する。ただ、かつての劇場用として撮影された作品と違うのは、恐らく観客――というか視聴者が1回で理解することを想定して撮っていない。
サスペンスとしての手捌きは巧みだが、しかし話が進めば進むほどに関係者が増え、話が広がっていくため、時間軸が進むほどに全体像が把握しづらくなる。序盤では、世界観作りのために名前を出されていたかに思える人物が、中盤から続々と姿を現し、話はどんどん拡大していくのだ。誰かの掌の上で転がされている感覚はあれど、それゆえに全体像が見えず、カタルシスに結実しづらい。
本篇の面白さが解るのは、2度目の鑑賞以降だろう。私自身、今回この感想を書き上げるために頭から、情報を整理しつつ観直しているが、細かな描写が格段に興味深く映る。サスペンスとして直線的に鑑賞していたときには、ここは必要だったか、こういう場面は見せなくてもよかったのでは、というくだりが、意味を帯びてくるのだ。
絶妙なのは時代設定も然り、である。1954年のデトロイト、という舞台は決して、往年のノワールの雰囲気を描きたい、程度の理由で設定されたわけではない。次第に明らかになってくる、当初の計画が狙っていたものの本質は、現実の出来事と繋がっている。恐らく内容としてはフィクションのはずだが、仮にこの“事実”を巡って本篇のような事態が巻き起こっていたとしても不思議ではない、と思えてしまう。
初見で本篇に対して抱く不満は、けっきょく誰が何を画策した結果、ああした着地に至るのかが解らず、それゆえにカタルシスが得られないことだろう。しかしそれも、終盤で登場する人物の台詞から狙いは透き見えてくる。本篇は、誰もが自分の立ち位置から、物語、或いは世界を構成する要素を俯瞰することは出来ない、ということを象徴的に描いているのだ。ドン・チードル演じるカート・ゴインズも、ベニチオ・デル・トロ演じるロナルド・ルッソも、自らの体験や、知り得た情報をもとに僧名に振る舞い、他者を出し抜こうと試みるが、すべてが見えていないからこそ足許をすくわれる。しかし、彼らよりも上の立場に位置し、より高度な駆け引きを行う者たちでさえ、全体を把握しているわけではないのだ。結果として、本来ならカートたちが縁遠いほどの大金に迫ることになり、本来巡り逢うはずのない者同士を引き合わせる。この運命の皮肉の面白さ、味わいを感じるには、いちど全体像を把握しないと難しい。
つまりそれは、作り手がはなから、いちどで理解してもらうことなど想定していない、という意味でもある。主題とも一致するそうした楽しみ方が、その場でのリピートを前提としない劇場公開よりも、配信で提供される相応しい、と考えたのではなかろうか。
だから、初見でしっくり来なかったひとも、少し時間を置いてもいいから、全体を把握したうえで改めて冒頭から鑑賞して観て欲しい。緊張感は薄れるが、その背後に隠したシニカルな面白さが見えてくるはずだ。やけに広角にこだわった特徴的な映像も、悪党たちの右往左往を覗き窓から窺うような奇妙な感覚をもたらす。自らが撮影も担当するソダーバーグ監督はカメラワークにも個性を強く感じさせるが、本篇はそれが物語とも絶妙に噛み合い、効果を上げている。
ただ、その面白さを実感できるのはやはり、2度目以降だろう。配信主体の作品だからこそ、のスタンスで撮られた、企みのある作品だが、それゆえに初見で惹きつける力が弱いことで損をしている、という印象を受けた。はなから合わなかった人はともかく、惜しい、という感想を抱いたひとは、機会を改めて鑑賞してみて欲しい。
関連作品:
『ザ・ランドロマット-パナマ文書流出-』/『オーシャンズ11』/『オーシャンズ12』/『オーシャンズ13』/『ソラリス(2002)』/『愛の神、エロス』/『Bubble/バブル』/『さらば、ベルリン』/『チェ 28歳の革命』/『チェ 39歳 別れの手紙』/『ガールフレンド・エクスペリエンス』/『インフォーマント!』/『コンテイジョン』/『エージェント・マロリー』/『サイド・エフェクト』/『グランド・イリュージョン』
『アベンジャーズ/エンドゲーム』/『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』/『ヘルボーイ(2019)』/『サプライズ』/『小さな命が呼ぶとき』/『スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団』/『フォードvsフェラーリ』/『シン・シティ 復讐の女神』/『X-MEN:ファイナル ディシジョン』/『マイティ・ソー バトルロイヤル』/『デッドプール2』
『グラン・トリノ』/『ロボコップ(2014)』
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