『サスペリア・テルザ―最後の魔女―』

『サスペリア・テルザ―最後の魔女―』

原題:“La Terza madre” / 英題:“Mother of Tears” / 監督・原作:ダリオ・アルジェント / 脚本:ダリオ・アルジェント、ジェイス・アンダーソン、アダム・ギーラッシュ / 製作:ダリオ・アルジェント、クラウディオ・アルジェント / 製作総指揮:クラウディオ・アルジェント、カーク・ダミーコ、ジュリア・マルレッタ  / 撮影監督:フレデリック・ファサーノ,A.I.C. / プロダクション・デザイナー:フランチェスカ・ボッカ、ヴァレンティーナ・フェッローニ / 編集:ウォルター・ファサーノ,A.M.C. / 衣装:ルドヴィカ・アマーティ / 特殊効果スーパーヴァイザー&顧問プロデューサー:リー・ウィルソン / 特殊メイク:セルジオ・スティヴレッティ / 音楽:クラウディオ・シモネッティ / 出演:アーシア・アルジェントクリスティアン・ソリメーノ、アダム・ジェームズ、モラン・アティアス、ヴァレリア・カヴァッリ、フィリップ・ルロワ、ダリア・ニコロディ、コラリーナ・カタルディ・タッソーニ、ウド・キアー、市川純 / メデューサ・フィルム製作 / 配給:KING RECORDS + iae

2007年イタリア&アメリカ合作 / 上映時間:1時間38分 / 日本語字幕:?

2009年4月25日日本公開

公式サイト : http://www.suspiria3.com/

シアターN渋谷にて初見(2009/05/15) ※綾辻行人×矢澤利弘トークショー付上映



[粗筋]

 イタリア中部、ヴィテルボという街の墓地の外側で、奇妙な棺が発見される。遺品入れと鎖で固く結びつけられたその棺に記された埋葬者の名は、オスカー・デ・ラ・バレー。棺を検めた司祭は、その遺品入れに封蝋を施すと、ある人物のもとへと発送した。

 ――場所は変わって、ローマの古代美術博物館。送り届けられた遺品入れを最初に開けたのは、研究員を務めるサラ(アーシア・アルジェント)と、副館長のジゼル(コラリーナ・カタルディ・タッソーニ)であった。遺品入れは館長でありサラの恋人であるマイケル(アダム・ジェームズ)に宛てられていたが、不在中に受領したジゼルが好奇心を発揮してしまったのだ。

 中から出て来たのは、薄気味悪い三体の像と、赤い法衣。いずれにも古代文字が記されており、ジゼルは該当する辞書を持ってくるようサラに頼む。辞書を携えて戻ってきたサラが目にしたのは、不気味な三つの影に暴虐を加えられるジゼルの姿であった。

 足音を殺してその場を逃げ出すサラを、不気味な猿が追ってくる。急いで美術館を飛び出そうとしたサラだが、何故か扉が閉ざされていて、彼女を遮った。いよいよ恐懼したサラだったが、その耳許で突如女の声が鳴り響くと、それまで開けようとしても開かなかった扉が勝手に開き、命からがら逃走に成功する。

 通報で駆けつけた警察は、サラの異様な話を鵜呑みにせず、むしろ容疑者として彼女に監視をつけた。サラはマイケルのもとに身を寄せ、己の目撃したものに怯えながら一夜を過ごす。

 翌る日から、ローマの様相は一変した。母親が子供を投げ捨て、強盗や殺人が横行する。その混乱の中、遺品の背景を探るべくマイケルはヴィテルボへ、サラは図書館へと赴く。そしてふたりは、一連の事態の背後に、“三母神”なるものが存在していることを知る……

[感想]

 ダリオ・アルジェント監督の代表作『サスペリア』とハリウッドにて製作した怪作『インフェルノ』はいずれも“三母神”と名付けられた魔女の物語として結びつけられている。前者が“溜息の母”、後者が“暗黒の母”であり、そしてもうひとり残された“涙の母”について描いたのが本篇だ。仄めかされていた題材だけに、ダリオ・アルジェント監督のファンにとって待望の1本であり、日本での公開が待ち望まれていた作品である。

 だが、恐らくアルジェント監督に拘りがなく、普通にホラー映画を期待して観に来た、という人は戸惑うか、相当に不満を抱く作品だろう。あまりにストーリーがちぐはぐで、残酷描写がかなり盛り込まれているにも拘わらずインパクトが薄い。

 繰り返し観ることでぼんやりと理解できそうな箇所もあるが、明らかに説明する気のない要素、想定していないと思われる齟齬が随所にある。いちばん最初に発生する怪事で示された三つの影はあとでまったく言及されていないし、主人公サラを襲撃する側の能力が現実寄りであったりオカルト寄りであったりと方向性がちぐはぐなので、どういう意図、どういう規則性があって襲撃してくるのか解らない。途中までならそれもけっこうだが、最後まで曖昧なままだから、恐怖が映像の衝撃のみに依存してしまっている。ショッキング・シーンの表現自体はアルジェント監督のお馴染みのスタイルを踏襲しているので、アルジェント好きでなくても、ホラーに馴染んだ者なら今更驚かされる水準でもない。

 翻って、ホラー好きでなければ素直にショックを受けられるかも知れないが、そういう人は普通観ないだろうし、そうした普通の感覚を持つ観客にとってはあまりに空想的な世界観や、前述のような規則性の曖昧さが引っ掛かるだろう。

 だが、もし「あのダリオ・アルジェントの新作、しかも“三母神”の完結編が日本で公開される」と聞いて目を輝かせるぐらいにアルジェント監督の作品に関心のある人ならば、恐らく満足する。1回では無理だとしても、折角の新作だから、と2回、3回と繰り返し観ているうちに、「あ、これはこれでいいんだ」と納得してしまうはずだ。

 ショッキング・シーンがそうであるように、本篇の作りは基本的にダリオ・アルジェント監督独自の様式美に淫している。妙にリアリティのある歴史的遺物の扱いやオカルトへの姿勢、凄惨ながら奇妙な美しさに彩られた残酷描写、次から次へと関係者が魔手にかかっていく節操のなさ。辻褄を合わせることよりも、ここでこういう狂気を盛り込んだほうが見栄えがする、という美的感覚を優先したストーリー展開まで、アルジェント監督らしさが漲っている。日本では劇場公開されず、DVDでリリースされた『デス・サイト』が、スリラーとしてこぢんまりと纏まっている代わりにアルジェントらしさがかなり薄れてしまっていたのと対照的に、本篇は画面から溢れてきそうなほど、アルジェントの“体臭”とでも言うべきものが濃密に漂っているのだ。

 シリーズものという体裁を取っているため、『サスペリア』や『インフェルノ』で登場したモチーフに言及があるのは当然だが、主演がダリオ・アルジェントの娘アーシア・アルジェント、そしてその母親役として、かつてアルジェントの公私にわたるパートナーであり、実際にアーシアの母であるダリア・ニコロディが出演していることなど、配役からスタッフの構成に至るまで、アルジェント往年の作品を思い出させるのも嬉しい。待ち続けてくれたファンへのサービス、という意識が多少なりともあるように感じられる。

 アルジェント映画に馴染みのある目からすると、中盤まではこれでも残虐場面が控え目という印象を受けるのだが、その鬱憤を晴らすかのように狂気を剥き出しにする終盤は、毒々しくも華々しい。ある意味安易すぎる決着の手順と、その後のカタルシスにしても、あまりにアルジェントらしくていっそ嬉しくなってしまう。その大胆さや奇妙さ、人によっては脱力してしまうような加減も、実にこの監督らしい。

 ごく一般的な映画ファンは無論のこと、アルジェントに大して愛着のない普通のホラーファン程度の人にもお薦めしづらいが、『インフェルノ』を偏愛していたり、B級映画の歪さを愛するセンスの持ち主なら、きっと満足することだろう。本篇はまさに文字通り、ダリオ・アルジェント愛好家が待ち望んでいた1本なのだ。

関連作品:

スリープレス

デス・サイト

コメント

  1. ayalist より:

    ひゃあ、いらしてたんですね〜、お目にかかりたかったです。

  2. tuckf より:

    そちらのレポートを拝見すると、どうも同じ列に座っていたようです。

  3. ayalist より:

    なんと! 前から二列目、左から四番目の席におりました。トークの最中、猛烈にメモを取っていたのが私です‥っていっても分からないよね(笑)。

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