『七つの会議』

TOHOシネマズ上野、スクリーン7入口脇に掲示されたチラシ。

原作:池井戸潤(集英社文庫・刊) / 監督:福澤克雄 / 脚本:丑尾健太郎李正美 / エグゼクティヴ・プロデューサー:平野隆 / プロデューサー:伊與田英徳、藤井和史、川島龍太郎、露崎裕之 / 撮影監督:橋本智司 / 照明:鋤野雅彦 / VE:塚田郁夫 / 録音:松尾亮介 / 美術:やすもとたかのぶ / 美術デザイン:岡嶋宏明 / 編集:朝原正志 / 衣装:古舘謙介 / 装飾:山本直樹 / ヘアメイク:藤井裕子 / 音楽:服部隆之 / 主題歌:ボブ・ディラン『Make You Fell My Love』(Sony Music Labels) / 出演:野村萬斎香川照之及川光博片岡愛之助音尾琢真、藤森慎吾(オリエンタルラジオ)、朝倉あき、岡田浩暉、木下ほうか、吉田羊、土屋太鳳、小泉孝太郎溝端淳平春風亭昇太立川談春勝村政信世良公則鹿賀丈史橋爪功北大路欣也役所広司 / 制作プロダクション:マックロータス / 配給:東宝

2019年日本作品 / 上映時間:1時間59分

2019年2月1日日本公開

公式サイト : http://nanakai-movie.jp/

TOHOシネマズ上野にて初見(2019/2/28)



[粗筋]

 企業は会議で動く。大手総合電機メーカー・ゼノックスの子会社にあたる東京建電での会議には、従業員達を威圧する“鬼”が出没する。

 営業二課の課長、原島万二(及川光博)にとって会議のプレッシャーは大きい。一課は坂戸宣彦(片岡愛之助)が課長に就任して以来およそ2年ノルマを達成し続けている一方で、二課はずっと未達を重ねていた。営業部長の北川誠(香川照之)の激しいプレッシャーに屈した原島が無謀なノルマを公言し、緊迫する会議室内でただひとり、のうのうといびきをかいて居眠りする男がいた。

 その男、八角民夫(野村萬斎)は北川と同期入社で、かつてはバリバリの営業マンだったというが、ある時期を境に突如ぐうたら社員になってしまった。未だに花形の営業一課で係長扱いだが、会議のたびに居眠りをするため、“居眠りハッカク”と呼ばれている。

 その日、ゼノックス常務の梨田元就(鹿賀丈史)が視察する定例会議においても、八角は暢気に居眠りをしていた。北川は何故か無視をするが、過酷なノルマを課され神経を尖らせた坂戸は遂に激昂する。逆撫でするように有給休暇を申請してきた八角に、坂戸は破り捨てた申請書を振りかけ、罵詈雑言を叩きつける。そして業務に戻ろうとした坂戸に、八角は「パワハラで訴える」と宣言した。

 華々しい成績を残してきた坂戸が、ただいちどの暴言程度で処罰を受けるわけがない、というのが周囲の認識だったが、奇妙なことに、会社は八角の訴えを受理した。大方の予想を裏切り、坂戸にはすぐさま人事部へと左遷されてしまう。

 代わって一課長には、二課の原島が抜擢された。しかしもともと気弱でプレッシャーに弱い原島は次の定例会議までにノルマを達成することが出来ず、北川から激しい叱責を受ける羽目になる。

 その頃、営業部とは犬猿の仲である経理部の課長代理・新田雄介(藤森慎吾)は、経営会議での材料とするべく営業部の粗探しをするなかで、ひとつの異変に勘づく。コストの問題から取引を打ち切っていた老舗の零細部品工場に対し、高額の接待を行っていた領収書が見つかったのだ。請求書の名義は、八角。新田は何らかの癒着の可能性も考慮して、背後を探りはじめる――

[感想]

 実は池井戸潤の原作に基づく映像作品を観るのはこれが初めてである――人気作品はあまり観ようとはしない天の邪鬼な性分に加え、私にとっては趣味ではない連続ドラマでの制作が主だったのでそのきっかけがなかったのだが、今回は単独での映画作品だったことと、予告篇の異様な魅力に惹かれて足を運ぶことを決めた。

 体裁は企業を舞台としたドラマだが、しかし見ているときの印象は、藩政を題材とした時代劇に近い。中心人物である八角民夫を演じた野村萬斎の、いっそ割り切ってしまったように癖の強いキャラクターにも原因はあるが、事業の本質以上に、巨大企業のグループ傘下にある東京建電のありよう、内部で繰り広げられる駆け引きが、幕府を頂点とするピラミッドの一部である藩の政治に重なって映るからだろう。

 一連の出来事の背景にある事実は極めて現代的なものだが、そのなかでの駆け引き、力関係に起因する妥協であったり反発であったり、それらへの反応などは、時代劇でも現代劇でもよく見られるものだ。時代劇との違いは、事態の解決に刀を使わないことぐらいだろう。

 だがその代わり、本篇では時代劇に優るとも劣らぬ質の“覚悟”が問われる。こと終盤における八角の振る舞いは、切腹も厭わず、と宣言しているに等しい。ただ安易に責任を負って詰め腹を切るのではなく、その代償として事態が終息し、企業としての責任を果たすことを求めている。格好良さや様式美だけを重視した時代劇とは違う、本当の正義や使命感を問うた主題が、それ故によけい時代劇を思わせるのだろう。

 折り重なる力関係を観客に理解しやすくする意図もあるのだろう、本篇のキャスティングは実に錚々たるものがある。実質的に語り手として登場する及川光博と並列の立ち位置で片岡愛之助があり、その上に香川照之がいる。更にその上には親会社での出世争いに敗れた世良公則がおり、子会社の社長という立ち位置で橋爪功がいる。そして子会社らを監督する立場で親会社からしばしば視察に訪れる鹿賀丈史があり、“御前”と呼ばれるグループの総帥として北大路欣也が登場する。単純に役者の格イコール力関係ではないが、上に行けば行くほどクセ者感が強まっているので、構図が非常に飲みこみやすい。

 そして、その関係性のなかで挫折があり、幾たびも逆転が重ねられる。この紆余曲折が生み出す牽引力が凄まじい。命の駆け引きはおろか暴力沙汰もないのに、手に汗握るような興奮が漲っている。

 実のところ、劇中で起きている出来事のほとんどは決して珍しい話ではない。パワハラとしか言いようのないノルマの強要や、社内恋愛のトラブル、そして一連の出来事の背景にある事実もまた、重大ではあるが内容は決して特異ではない。だが、それを物語を牽引していくための謎として用いたり、逆転のためのトリガーとして配したり、物語を彩る要素として巧みに構成している。

 描写に隙がないわけではない。たとえば冒頭、“居眠りハッカク”とまであだ名されているほどなのに、そこから始まる光景をまるで原島が初めて目撃したかのように描写しているのは少々不自然だ。一連の出来事の背景においても、八角の言動に少々腑に落ちない点が見受けられる。何より、この説明だと、現在に至るまでの八角の行動原理が不明なままなのも気に懸かるところだ。

 だが、ある程度は説明しつつも、核を暈かしたまま、というのは、“時代劇のよう”と例えたことになぞらえれば、事件を快刀乱麻で解決する英雄そのものとも言える。最初はそのとぼけっぷり苛立ちと不審を覚えさせるが、その人を食った振る舞いの真意が明らかになっていくにつれ、一気にヒーロー然となっていく。野村萬斎のいささか外連味の強いキャラ付も、この人物像にうまく馴染んで、より印象を際立たせている。そうしたことを思えば、本篇は企業に舞台を移した時代劇、と言い切ってもいいのではなかろうか。

 しかしこの作品のただならぬところは、そんな八角の最後の語りにこそある、と思う。こうやって散々語ったことをにわかにひっくり返すような彼の述懐は、しかしこういう作品であればこそ重く響く。エンタテインメントとして丹念に作り込みつつ、その題材が求める社会派としての面目も果たしている。

 これ1本観ただけで、池井戸潤原作の面白さを理解した、とは言わない。ただ少なくとも、本篇は確かに面白い。日本で育まれてきた娯楽の要素を正しく受け継ぎ現代的にアップデートした作品である。

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