『ホラー作家の棲む家』
判型:新書判 発行:2001年8月5日 isbn:4061824236 本体価格:880円 |
|
編集者・三津田信三は念願である、“いかにもホラー作家が住むに相応しい家”を発見した。人が滅多に入ってこない特殊な立地にあるその家を借りるために奔走する三津田だったが、近隣の住人も不動産業者も三津田の問いに微妙な答を返すばかり。そこを押して安値で借り受けた三津田は、屋敷から喚起されるイメージをもとに幻想文学系の同人誌から依頼された連載小説の執筆を始めるが、当初英国風の正統派怪奇小説を目指していたはずなのに、第一回から脱線の気配が濃厚であるのを我ながら不審に思う……
なんとも表現のしづらい作品である。ホラー小説であることは間違いないと思うのだが、その実、具体的な怪奇現象が描かれる場面がほとんどない。いまにも何かが起こりそうな気配は濃密なのだが、直接的な脅威は極めて少ないのだ。作中作として挿入される連載小説『忌む家』でさえ具体的な現象が少年の前に起きるようになるのは第三回あたりからで、ましてそこに殆ど怪異らしいことの起きない――あったとしても普通の出来事を大袈裟に捉えすぎているのではと疑うことの出来るような程度の――一人称パートが絡むことで、なおさらに密度は低くなっている。 “暗闇坂”の描写や、奇怪な屋根裏部屋を巡る出来事、そして絡んでくるようでなかなか直接には関係してこない盗作疑惑のエピソードなど、それ自体が薄気味悪さを演出する出来事は無数に鏤められており、間違いなく佇まいはホラーなのだが、たぶんに読み手の想像力に任せているものばかりなので、漫然と読んでいるとこれといって引っかかるところがなく、いつの間にかクライマックスが来て訳の解らないまま終わってしまった、ということになりかねない。 本作品でデビューして以来、著者がお家芸のようにしているメタ・フィクション的手法だが、長篇第一作となる本編では実在しながら作中人物として顔を見せているのは著者ひとり、あとは一種背景のように菊地秀行、東雅夫、加門七海といった名前が目に付くぐらいで、直接姿を現す実在人物はない。著者が編集者として携わった『ワールド・ミステリー・ツアー』シリーズと内容が部分的にリンクしていると思しい点がその意味では出色だが、あとは終盤で発覚する趣向ぐらいで、ほかに利点はなかったように思う――但し、そうわたしが感じるのは、近年のよりメタ趣向の研ぎ澄まされた『蛇棺葬』『百蛇堂』『シェルター 終末の殺人』を先に読んでいるからであって、本編の段階でも既に技術的にはかなり高い水準にあると思う。関係資料に実名を持ち込むことで現実と虚構の彼我を曖昧にする手管そのものは、充分に完成されているのだ。 斯様に、実は様々なテクニックが駆使された作品であることは間違いないのだが、そうと理解するためにはそれなりのホラーや娯楽小説に対する造詣、或いは提示される情景を常に解釈しながら読むぐらいの真っ当な態度が必要だろう。かなり癖があり、極端に読み手を選ぶ作品であると思う。 なお、本稿では“三津田信三”を登場人物名と解釈して敬称略で記しておりますご了承くださいって前にもそんなこと書いたな。 |
コメント