乗っているけど、もどかしい。

 作業がそこそこ乗っております……乗っておりますが、果たしてそこまで行き着くのか、という段階のことがどんどん固まっていく一方、ここを進めないとまとまらない、という段階がまごついていて、なかなかにもどかしい。着地点が定まっている方がやりやすいのは確かなので、慎重に進めていますが、お陰でペースが上がらない。
 この、乗っているけど進まない、というのは他のことに影響してくる。とりわけ……映画鑑賞と読書に。
 映画はまず、観るのにまとまった時間が必要です。まあ、上映時間の余白さえ工面できれば、そのあいだ集中して向かい合えば済むので、割を食っているなかではまだマシな方ではある。
 ただし、感想はそうはいかない。書きやすいものもあれば、細かい所を詰めるのに苦労するものもある。やたら長く書けばいい、ってものでもないし、一方で、これから鑑賞する人には「ここは明かしちゃいけない」というポイントを回避しつつ魅力を伝えることにも往生する。厄介なモノは後回しになりますが、うっかり手をつけると思いのほか時間を取られ、後回しにされた作品が更に後回しになり、鑑賞時の記憶が薄れていく。そうすると復習の必要が出てくるけど、その時間も取りにくい。だから宿題が溜まっていく。
 ……とか何とかいいつつ、昨晩、透析中の時間潰しに観るテレビ番組がほとんどなかったため、透析時間とほぼ同じ尺の『国宝(2025)』を、配信が始まったばかりのPrime Videoでがっつりと観てしまった。まあ、『国宝』は感想アップ済で、気楽に観られるから、なんですけど。でもそのせいで、作業の手すら概ね止まってたんじゃどーしようもない。だって、いい映画だし。

 読書の方は、その気になれば1日数ページでも読み啜れば終わるものではある。
 ただ、こっちはこっちで、読んでいるのが基本ミステリである、というのがネックになる。細切れに読むことは出来るけれど、なにせ重要な固有名詞や、整理せねばならない情報があるので、ある程度はまとめて読まねば、という意識がある。ちょっとずつ、でも、出来れば何十ページというくらいで読みたいのに、出来ない。だから気後れして、またまごついてしまう。
 故にいま、透析のときとかに持ち運んでいる読書用バッグの中身は、数ヶ月ほとんど変わってません。
 こういうとき、読みやすいのは、エッセイ本や、専門家が一般読者に向けて執筆した、岩波新書などに収録されるノンフィクションの類です。一時期、日本の中世に関する著述や、民俗学関係の本を買っていて、そのあたりの積みっぱなしになっていたものをふと手に取ると、意外と早く読み終わったりする。全体でひとつの論考を為しているわけではなく、全体のテーマに沿った細かい研究や考察を羅列しているものが多いので、ひとつの内容が時間潰し程度で読めるから具合がいいのです。
 だから、単純に読書の数を増やしたいのなら、そういう本を積ん読のなかから発掘してくるとか、新たに仕入れてくる、とかすればいい。
 が、こっちとしては、ミステリやホラーとか、込み入ったフィクションが読みたいのです。だから手を出すけど、進まないから、バッグの中にずっと入ってる。更新されない。

 こういうもどかしい現状を打破するためには、まず作業を一段落させるのが第一、なんですが、上記のような有様なわけで。
 故に今日も、なんにもネタはない。そして夜には、2ヶ月にいちどのお楽しみが待っている日でもあり、そちらが当日中に記事を書き上げられない可能性が大きいので、苦境それ自体をネタにしているわけであります。
 ……こんな長々と言い訳するなら作業とか読書とか映画感想に割けよ、と自分でも思う。けど書き始めたら、ちゃんと筋道通さないと気が済まないのも性分なのです。我ながらめんどくせえ。

 なお明日、もしかしたら明後日くらいまでは、まともなネタが用意できる予定です。

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