『ばけばけ』感想&うんちく日誌、その35。(放送第116回~第120回)

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 東京移住後の悩めるヘブンさん、そして遂に『怪談』誕生、の一節。
 モデルの小泉八雲(やっとこの名前で堂々と書ける)は熊本での契約が終わると神戸に移住、《神戸クロニクル》の論説委員として勤めていて、しばらく“教師”という肩書きが外れます――が、そのあたりはドラマですっきり飛ばされてしまった模様。
 もっとも、“小泉八雲”という人物を形成する多くの要素は松江での生活が礎となっていて、そのあたりを膨らませて脚色するなら、確かに神戸の辺りは出しにくい。私の手許にある資料(そんなに豊富ではありませんが)では、八雲が自著の中で神戸に触れているところは見つからず、そもそも八雲にとっては強い思い入れがなかった、と捉えると、飛ばされるのもやむなし。なにせ、妻・セツの『思ひ出の記』によれば、八雲はフロックコートを着ることさえ厭、という人物だったそうなので、外国人居留地として西欧化の進んでいた神戸は、相当に居心地が悪かったかも知れない。
 そして東京に移住して7年を過ぎたこの時期、採用のなった東京帝国大学の講師職を雇されたのは本当の話です。学士の一部は抗議をした、という話もあるそうですが、それでも復職は叶いませんでした。
 ちなみに八雲のあと、同じポストに就いたのは夏目金之助――のちに『吾が輩は猫である』を著し作家となる夏目漱石その人だったりする。イギリスに留学し、コンプレックスと同時に西欧の制度にも多くの欠陥があることを理解して、日本の欧化政策を批判した夏目漱石が、やはり西欧に対するコンプレックスと欧化政策への反発を抱いていた小泉八雲の後任だったというのがちょっと面白い。もっとも、漱石自身は、八雲の手法と比較されて相当に苦しんだそうですが、その苦悩が作家への道を拓くのですから、本当に何がどう転がるか解らない。
 このドラマ、似たようなことをする奴がやたら出てきたなー、と感慨に耽りたくなる行動に出た八雲が通っていたのはミルクホール。明治期から昭和初期にかけて存在した、牛乳を中心に提供する飲食店です。実際の八雲が東京で暮らしていた市ヶ谷から東京帝国大学への道を考えると、たぶん神田界隈ではなかろうか。実際、この界隈には複数のミルクホールが存在して、いまも“ミルクホール”の名を掲げたお店が存在してます――こっちはラーメンが売りだけど。そういうのをさらっと拾っているのが粋。
 消沈した八雲を最終的に救うのはトキなわけですが、ここに来ておじじ様・司之介が活躍してます。ここで八雲の心を慰める役回りが出来るのは、以前の振る舞いの為せる技……ではあるけれど、そのフォローで間の抜けた行動に及ぶのが、詰めが甘いというか、最後まで司之介らしいというか。
 そしていよいよ『怪談』執筆です。ドラマ的には、プロローグとして第1話で登場したひと幕とようやく繋がる訳ですから、非常に熱い流れ。
「私にも読める作品を書いて欲しい」という趣旨の発言は、モデルであるセツも口にしていて、それが『怪談』誕生のきっかけになった――というのをどこかで読んだ覚えがあるんですがどこだったっけ?
 そして、執筆の際に八雲が書いた妖怪の落書きはちゃんと実在している。ドラマ化に合わせて、八雲自身が参照したと思われるものも含め、たくさんの絵図を収録した『小泉八雲の妖怪図鑑』という書籍が刊行されてますので、気になる方はご参照ください。
 ただ、厳密に言うと、『怪談』以前にも八雲はいわゆる“怪談”を繰り返し自著の中で採り上げてます。現在、日本で刊行されている八雲の“怪談”本がほとんど、再構成されたものになっているのは、そうして八雲の記した“怪談”があちこちに散らばっているためです。個人的にも、いちどきちんと発表順に読んでみたいんだけど、日本では八雲の完全な全集は未だ出版されたことがないので、英語をすらすらとは読めない私には悩ましいところ。
 また、いわゆる“怪談”を執筆する際の手法として、別々の口碑伝承の要素を混ぜていたのですが、そこは省かれたようです。なんで断言できるかというと、劇中で明らかに『雪女』らしき一節をトキが語っているのですが、実は八雲の著した『雪女』は、本文の中で舞台とされる武蔵のとある村の出来事として伝わる説話に、別の説話の要素を掛け合わせている。“再話文学”とも呼ばれる八雲の創作手法を語る上で、けっこう外せない要素なのですが、あくまでもトキと八雲の夫婦関係に焦点を合わせたドラマだったため、煩雑になることを避けて外したのでしょう。別に文句では泣く、あくまでも蘊蓄として触れてみました。
 ……蘊蓄ついでに書いておくと、『雪女』の舞台って、実は青梅市付近だったりする。いまやがっつり開発されたイメージですが、現在でも少し端に進めば山が迫ってくる地理、山中で雪に降り籠められれば確かに抜け出せない。そういう、かつての空気を語るためにも、口碑を文章として残す八雲の手法は重要なのです。
 代表作となる『怪談』執筆の過程で夫婦愛を見せつけつつ、いよいよ来週で完結です――嗚呼、終わってしまう。来週も噛みしめて味わいます。

 ……久々に触れたいところが多すぎて長くなってしまった。

参考文献
 ラフカディオ・ハーン/池田雅之[訳]『新編 日本の面影』(角川ソフィア文庫)
  同上 『新編 日本の怪談 I・II』( 同上 )

小泉八雲の妖怪図鑑(Amazon.co.jp商品ページにリンク)
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