『ビッグ・アイズ』


『ビッグ・アイズ』Blu-rayジャケット(Amazon.co.jp商品ページにリンク)。

英題:“Big Eyes” / 監督:ティム・バートン / 脚本:スコット・アレクサンダー、ラリー・カラゼウスキー / 製作:スコット・アレクサンダー、ティム・バートン、リネット・ハウエル、ラリー・カラゼウスキー / 撮影監督:ブリュノ・デルポネル / プロダクション・デザイナー:リック・ハインリクス / 編集:ジェイシー・ボンド / 衣装:コリーン・アトウッド / キャスティング:ジャンヌ・マッカーシー、ニコール・アベレイラ / 音楽:ダニー・エルフマン / 出演:エイミー・アダムス、クリストフ・ヴァルツ、ダニー・ヒューストン、ジョン・ポリト、クリステン・リッター、ジェイソン・シュワルツマン、テレンス・スタンプ、マデリーン・アーサー、デラニー・レイ / ティム・バートン/エレクトリック・シティ・エンタテインメント製作 / 配給:GAGA
2014年アメリカ作品 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:稲田嵯裕里
2015年1月23日日本公開
2016年7月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
公式サイト : http://bigeyes.gaga.ne.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2015/02/24)


[粗筋]
 はじまりは1958年、マーガレット・ウルブリッヒ(エイミー・アダムス)が横暴な夫の元を逃げ出したことだった。娘ジェーンとともにサンフランシスコに移住する。
 もともと美大で学んでいたマーガレットは、その技術を糧に家具の会社に就職した。休日、公園で似顔絵を描いて小銭を稼いでいたときに、露天で絵を売っていたウォルター・キーン(クリストフ・ヴァルツ)と知り合う。ウォルターは、マーガレットが元夫から娘の親権を主張する裁判を起こされたことを知ると、自分が彼女を支えるべく求婚した。
 ウォルターの本業は不動産業だったが、画業で身を立てることを夢見て、盛んに自身の絵画を売り込んだ。だが、画商のルーベン(ジェイソン・シュワルツマン)らからは芳しい反応を得られず、苛立ちはじめる。友人であるエンリコ・バンドゥッチ(ジョン・ポリト)に頼み込んで、彼の店で展示会を催すが、認められた場所はトイレの前という始末だった。
 このときウォルターは、マーガレットの絵も一緒に並べていた。この当時、マーガレットが娘をモデルに描いていた眼の大きな少女は一部の客の目を惹き、僅かだが買い手がつく。売上についてバンドゥッチと揉めたことが新聞記事となったことでマーガレットの絵は更に注目を集め、瞬く間に完売に至った。
 キーン夫婦は歓喜した。だがこのとき既に、彼らの幸せには綻びが生じていた。ウォルターは、売れたマーガレットの絵の作者が自分であると偽ったのだ。そのことを知ったマーガレットはショックを受けるが、自ら画廊を興し、積極的な宣伝で絵の価値を高めていったウォルターなくして売れなかったことは認めざるを得ない。マーガレットは、ウォルターの名前で絵を売ることを認めるしかなかった。
 やがてキーン夫妻は豪邸を建てるまでにその名声を高めるが、しかしマーガレットは、誰にも知られることなく絵を描き続ける生活に心を磨り減らしていった――


TOHOシネマズシャンテ、エレベーター前に飾られた『ビッグ・アイズ』ポスター。
TOHOシネマズシャンテ、エレベーター前に飾られた『ビッグ・アイズ』ポスター。


[感想]
シザーハンズ』や『スリーピー・ホロウ』、そして『アリス・イン・ワンダーランド』と、作り込まれた虚構で魅せる作品の多いティム・バートン監督が手懸けるには意外な題材、と思ったが、しかしよくよく考えると、彼は愛すべき先人を採り上げた『エド・ウッド』がある。
 また、そもそもここで描かれる事件、そして中心となるマーガレットの人物像は、ティム・バートン監督がこれまで手懸けてきた作品との共通性を感じる。
 主人公であるマーガレットはいわば、アーティストらしいアーティストだ。正しく美術を学び、技術を身につけながら、独自の世界観を構築している。だが一方で人付き合いには疎く、絵の世界で自らの能力を売り込む話術も処世術も持ち合わせていない。孤独で繊細な人物像は、これまでティム・バートンが描いてきた主人公たちと相通じている。
 そんな彼女と結ばれ、やがて比喩ではなく“虜”にしていくウォルターは、まるでいわゆるトリックスターのような役割を担っていく。あまりに芝居がかった物言いで自分を大きく見せようとする彼はしばしば滑稽で笑いを誘うが、しかしマーガレットにとって次第に深刻な枷となっていく。この人間関係の変遷がもたらすドラマもまた、ティム・バートン監督がしばしば扱ってきたものだ。
 事実をベースにしているため、空想的な場面も出来事もないのに、しかし画面にはしっかりティム・バートン監督らしい。1950年代から60年代のアメリカを戯画的に再現した美術の力もあるだろうが、このムードに貢献しているのは、やはりすべてのドラマの中心にある、マーガレット描く“大きな眼の子供”の絵だ。
 初期のこうした一連の絵は、自身の娘をモデルにしたものだという。劇中に登場するジェーンがどのくらい実在するマーガレットの娘に似ているのかは不明だが、幼少時の彼女は確かに大きく印象的な目をしている。しかし、それがバランスを崩すほどに大きくなっていったのは、創作の衝動を抱えつつも、我が娘を題材としてしか発散出来ないマーガレットの懊悩や孤独の象徴だ。グロテスクだがいちど観ると忘れがたく、映画の中で独自の空間を構築してきたティム・バートン監督の作品世界に似た感覚をもたらす。
 色彩豊かでどこかグロテスクなヴィジュアル、ユーモアをまぶしながらも感情に深く分け入る語り口は、想像する以上にティム・バートンらしい。なまじ、空想的な趣向そのものはないぶん、監督の持つ独特のクセが和らいでおり、作風の成熟を思わせる出来映えだ。
 それにしてもこの作品の主題はかなり現代的だ。まだシングルマザーが生きていくのが困難な時代を背景に、己の作品を夫によって奪われる女性。美大まで通いながらも芸術で身を立てるのは難しく、職を持たないのなら、夫に頼らざるを得ない。社会的な不利が彼女から作品を奪い、作り手としての尊厳も奪ったのだ。このどうしようもない絶望、閉塞感に共鳴するひとはいまでも少なくないはずだ。
 しかし、だからこそ終盤の展開には、この上ない爽快感を味わうだろう。自ら戦いに臨み、自分の“権利”を取り戻す姿は清々しい。それまでと同様の外連味たっぷりの言動で自身の正当性を言いつくろおうとするウォルターの、ある種天晴れとも言える道化っぷりがまた、この爽快感を増している。役柄のヒドさはともかく、これをいっそ愛嬌さえ感じさせるほどに好演したクリストフ・ヴァルツは賞賛に値する。
 1958年に端を発した出来事だが、本篇の底に流れる主題は現代に繋がっている。女性が、自分の才能を信じて生きることがまだまだ難しかった時代に、成り行きとはいえ自らの絵で戦ってきたマーガレットの姿に勇気づけられる作品である。

 本篇の発表から約3年後、ハリウッドを中心に《#Me Too運動》が広がった。映画業界に蔓延っていた弱者に対する性暴力に声を上げる動きにより、多くの有力者が失墜していった。
 中でも多数の告発を受け、暴行・レイプの罪により禁錮23年の刑に処せられたのが、他でもない、本篇に製作総指揮として名を連ね、《ワインスタイン・カンパニー》としてリリースに携わったハーヴェイ・ワインスタインというのはなかなかの皮肉である。
 2021年現在もまだ刑務所にいる彼が、もしこの映画をふたたび観たとして、いったい何を思うのか、ちょっと訊ねてみたい気がする。あなたには、ウォルターの姿はどんな風に見えるのだろう?


関連作品:
シザーハンズ』/『PLANET OF THE APES/猿の惑星』/『ビッグ・フィッシュ』/『チャーリーとチョコレート工場』/『ティム・バートンのコープスブライド』/『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』/『アリス・イン・ワンダーランド』/『ダーク・シャドウ』/『フランケンウィニー
アメリカン・ハッスル』/『ジャンゴ 繋がれざる者』/『ヒッチコック』/『アメリカン・ギャングスター』/『幸せになるための27のドレス』/『ウォルト・ディズニーの約束』/『アンコール!!
『』/『』/『』/『』/『』/『』/『』/『』/『ポロック 二人だけのアトリエ』/『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』/『燃ゆる女の肖像

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