ジョン・ディクスン・カー/白須清美[訳]『悪魔のひじの家』

ジョン・ディクスン・カー/白須清美[訳]『悪魔のひじの家』(Amazon.co.jp商品ページにリンク) 『悪魔のひじの家』
ジョン・ディクスン・カー/白須清美[訳]
判型:文庫判
レーベル:創元推理文庫
版元:東京創元社
発行:2024年6月28日
isbn:9784488118518
価格:1100円
商品ページ:[amazon楽天]
2025年1月8日読了

 ギデオン・フェル博士が探偵役を務める長篇第21作。かつての持ち主であった判事が法服姿の幽霊として出没する、という噂のある屋敷《緑樹館》を、思わぬ経緯から相続することとなったニコラス・バークリーが旧友ガレット・アンダースンを伴って屋敷を訪れる。到着した直後、《緑樹館》で銃声が響き渡る。現在の住人であり、運命の悪戯で甥のニコラスに屋敷を奪われる、と思いこんでいるペニントン・バークリーは「幽霊に襲われた」と証言する。果たして、騒動の背景に隠れているものとは――
 相続問題にいわくつきの幽霊屋敷、密室にロマンスと、本格ミステリの王道要素をだいたい詰め込んだ感のある作品。
 ただ、正直ちょっと序盤、ダレる。なにせ、物語の主な舞台となるはずの《緑樹館》になかなか着かない。そのあいだに、実質的な視点人物のガレット・アンダースンのロマンスが並行するし、玄関に辿り着くまでに色んな話が行ったり来たりする。もちろん、読み終わってみれば意味はあったのだけど、えらい長い道のりだな、と思ってしまう。
 しかし事件の様相はだいぶ風変わりです。思わせぶりに書きましたが、粗筋に書いたくだりでは死者は出ない。しかしちゃんと謎はあるし、奇妙な謎が幾つも行き交う。そこに、ガレットのロマンスの相手のみならず、現在の《緑樹館》の住人や関係者の色々と思わせぶりな言動まで絡んで、ガレットも読者も混乱させられる。
 今回、フェル博士の登場は若干の唐突な印象を孕みますが、現れてからは、身勝手に振る舞いつつもしっかりと謎を解き、あとで振り返ればきちんと納得のいく行動を見せる。序盤、屋敷に着くまでの道程がやたらと間延びして感じてしまうために美愛やりましたが、物語としての構造はきっちりといつも通りのカーなのです。フェル博士が登場してから藻、奇妙な出来事は続きますが、フェル博士が周囲を振り回しつつも、ちゃんと道筋を着けていき、一気に決着へと導く。
 実は本篇、事件そのものの構造はかなり変わっている。しかし、背景を考えればこういう経緯になるのも当然ですし、ある意味で意外な決着も成り立つ。カーらしさ、本格ミステリとしての様式美を貫きつつ、きちんと新鮮な驚きを与えてくれるのは見事。カーのキャリアとしては晩年に位置する作品で、構成的には露骨に守りに入っているように見えても、意欲は衰えていなかったと見えます。
 勿論、代表作と呼ばれる諸作には及びませんが、カーらしさが満喫できる佳作でした。むしろ、こういうのがいい。


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