神坂一『スレイヤーズすぴりっと。 『王子と王女とドラゴンと』』

神坂一『スレイヤーズすぴりっと。 『王子と王女とドラゴンと』』(Amazon.co.jp商品ページにリンク) 『スレイヤーズすぴりっと。 『王子と王女とドラゴンと』』
神坂一
判型:文庫判
レーベル:富士見ファンタジア文庫
版元:KADOKAWA
発行:2025年3月20日
isbn:978-4040757742
価格:748円
商品ページ:[amazon楽天BOOK☆WALKER(電子書籍)]
2025年7月10日読了

 人気ライトノベル・シリーズ、13年ぶりの短篇集。リナ=インバースの自称弟子を巡る騒動《魔法使いの弟子志願》、リナの相棒・ガウリイ=ガブリエフの新たな剣を鋳造出来そうな鍛冶のもとを訪ねる《魔力剣のつくりかた》、セイルーンの王女アメリアが幼少時の愛読書を久々に読むため図書館を訪れた思わぬ顛末表題作など5篇に加え、各媒体に発表された掌篇4作を収録。

 短篇集としては13年ぶりだそうだが、本書に着手する前、読んでないと思いこんで電子書籍で接した『スレイヤーズすまっしゅ。3 ねちゃねちゃの季節』と手触りがまっっったく代わってない。捉え方は人それぞれだが、空白の期間を経つつ変わらないことはそれだけで賞賛すべきことだと思う。
 ただ、かつては短篇集といえば、シリーズ・キャラクターは語り手のリナ=インバースのみ、出てきてもいわゆる“金魚のフン”扱いの白蛇のナーガだけ、というのがお約束だったが、本篇は長篇の相棒であるガウリイが同行する、長篇での出来事を踏まえたエピソードに、リナによる一人称ですらない作品も2点含まれている。前巻までを振り返ったわけではないので、これがどのくらい特殊なことなのか、は断言出来ないが、初期から読んでいた者としては意外の印象を禁じ得ない。
 しかし、前巻から長く空白が出来テイル、しかも長篇シリーズが一段落し、新たな長篇が始まっている(こっちもだいぶ長いこと空いているみたいだが)とは言い条、初期長篇を彩った仲間たちとはご無沙汰だから、ファンとしては嬉しい趣向だ。しかも、いずれも空白意識させず、ガウリイ、アメリア、ゼルガディス=グレイワーズそれぞれの個性と魅力が活きているから嬉しい。ゼルガディスなど、無口かつシリアスな背景故に、重たい話になってしまいかねないところを、ファンには覚えのあるキャラクターを絡めることで、ちゃんと短篇集らしい“笑い”に繋げているから、楽しみつつも唸らされてしまう。しかも、締めくくりがちょっといい話になっているのも巧い――軽く欺されているような気分にもなるが、この場面でのゼルガディスの感慨は、現実にも当てはまる真理だ。
 解りやすい状況を前提として、意表を突いた人物やモチーフを繰り出しつつ、そこで読者の思い込み、先入観を足払いして笑いに昇華する、というのは著者の以前からの常套手段だが、その手管に衰えはない。特に《ヴィクトル・アーティーの診療所》など、突飛なことをしているのに筋が通っていて、しかも最後に丸く収まってしまうところまで、巧すぎて舌を巻く。あと、二度と関わり合いになりたくないのも昔から一貫している。
 収録されている5篇いずれも楽しいが、敢えてひとつを挙げるなら、やはり表題作かも知れない。中心人物アメリアの、平常運転としか言えない行動が、思わぬ化学反応を引き起こして大騒動に発展する。解決の仕方はだいぶ乱暴だが、その人を食った締めくくりまで、あり得ないようなあり得るような、不思議な気分に陥ってしまう。たとえ語り手がリナでなくても、《スレイヤーズ》は《スレイヤーズ》なのだ、と思わせてくれる、という意味では、裏切りつつも裏切らない仕上がりである。
 様々な媒体で発表された掌篇も4篇収録されているが、こちらでは長篇の馴染み深いパーティが揃ったエピソードも含まれており、ファンサービスとして抜かりない。いい意味でブランクを感じさせない1冊である。
 短篇作品の掲載誌が休刊となったため、受け皿がない限りは今後すべて書き下ろしとなってしまうため、続けていくにはなかなか著者の負担は大きそうだが、多少間隔は延びてもいいから継続して欲しい。私も頑張ってチェックします。

 なお、こちらもも以前と変わらぬ趣向で綴られるあとがきのようなものには、著者が愛好する怪談本についての見解を述べるくだりがある。これが、怪談についてそれなりに思うところの多々ある私の目にも、確かによく読み込んでいる、と唸らされるもので、怪談読者、とりわけ『新耳袋』や『九十九怪談』あたりを理想とするような人にとって一読する価値のあるものだと思うので、機会があれば手に取っていただきたい――その前の本篇が好みに合うか、は保証出来ないけど。


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