1992年に刊行された、池波正太郎短編コレクションの第3回配本。殺しの罪を隠して町医者となった男の前に過去を知る女が現れる『稲妻』(1972)、主君の秘密を盗み見た男が辿る数奇な運命『よろいびつ』(1962)、焼けぼっくいに火の点いた男女を巡って複数の思惑が交錯する『不忍池暮色』(1975)、過去の忌まわしい記憶に悩まされる人妻の苦悩を描いた『三河屋お長』(1969)、父親の仇討ちを浪人に託した結果、予想もしない顛末が訪れる『だれも知らない』(1968)、育てられた寺を飛び出し殺し屋稼業となった男の運命を描いた中篇『闇は知っている』(1970)と、罪や心の闇を描いた中短篇6篇を収録。
既に他の形でまとめられている短篇を、テーマごとに分類し、新書判サイズのハードカバーという装丁で連続刊行したシリーズだったらしい――らしい、というのは、本の中には説明が入っていないためだ。全巻を紹介した紙片が挟まれているが、リストは載っていても説明は書かれていないので、各巻の副題から類推するしかない。
個人的に不満なのは、収録作品についての解説、データも収められていないことだ。巻末に縄田一男氏の解説が収められているが、どうも自身の文章がどういう作品を収録した巻に入るのか、ということすら伝えられていなかったようで、週6作ではなく、池波正太郎作品やその映像化作品の魅力を語るだけに留まっている。解説を執筆した氏ではなく、編集のスタンスに問題があったのだ、と思う。あまりに説明がないので、思わずこの感想で全篇の短い粗筋と、調べた発表年を記載してしまった。
収録作品自体は面白い。いずれも何らかの罪を犯した男女や、成り行きで裏社会に足を踏み入れた者たちを描いた作品ばかりで、微妙に事情に共通点がありつつも、いっそ洒脱さを感じる結末の『稲妻』、ずっとつきまとう後ろめたさが微かに晴れる『三河屋お長』のように、微妙に後味の違う作品があるのも趣深い。
登場人物はほぼ共通していないが、舞台は概ね近接しており、作品を積み重ねていくうちに全体像が掴みやすくなっていく。この緩やかな連続性は、作品を跨いでページを繰る手を動かす効果があるように思う。個人的に、本書に描かれる土地のほとんどに土地勘があるため、作品によっては、見せ場で歩いている場所すら解るので、現代の情景を思い浮かべ、200年以上昔の状況を想像しつつ読む、というのもまた楽しかった。
本書に収録された作品はいずれも、この時代ならではの社会情勢、価値観を背景に、家や生まれに束縛され、そこから脱しようと、罪を犯した人物を描いている。やむにやまれぬ事情があった者もいるが、あまりにも身勝手な理由から犯罪に及び、転がり落ちるように悪の世界に踏み込んでいく者もいる。それぞれがそれぞれの運命に翻弄され、それが数奇な形で辿り着く結末は様々で、読後感は様々だ。背徳感も残るが不思議と清々しい作品があるかと思うと、運命の悪戯が齎す顛末が無情を感じる作品もある。
ほとんどが発表から60年前後を経過した作品で、時代小説らしい単語は随所で用いられているが、文章が簡潔平明なので読みやすい。《鬼平犯科帳》シリーズや《剣客商売》シリーズのように連作で知られているが、作品自体が親しみやすいことも、この作家に未だファンが多い理由なのだろう、と感じた。
私自身、満足度が高くなったので、他の作品にも触れてみたい、という気分になったが……本書も含む短編コレクションで、当時購入したのが本書だけだったのが悲しい。そりゃあ、現役で流通する短篇集はたくさんあるし、このシリーズものちに全巻電子書籍化して販売されているとはいえ、この趣のある装丁と読み心地で楽しみたかった……古書で探すしかないか……。
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