TOHOシネマズ上野、スクリーン4入口脇に掲示された『サイダーのように言葉が湧き上がる』チラシ。
原作:フライングドッグ / 監督&演出:イシグロキョウヘイ / 脚本:佐藤大、イシグロキョウヘイ / アニメーションプロデューサー:小川拓也 / キャラクターデザイン&総作画監督:愛敬由紀子 / 演出:山城智恵 / 作画監督:金田尚美、エロール・セドリック、西村郁、渡部由紀子、辻智子、洪昌熙、小磯由佳、吉田南 / 原画:森川聡子 / プロップデザイン:小磯由佳、愛敬由紀子 / 色彩設計:大塚眞純 / 美術設定&レイアウト監修:木村雅広 / 美術監督:中村千恵子 / 3DCG監督:塚本倫基 / 撮影監督:棚田耕平、関谷能弘 / 音響監督:明田川仁 / 音楽:牛尾憲輔 / 劇中歌:大貫妙子『YAMAZAKURA』 / 主題歌:never young beach『サイダーのように言葉が湧き上がる』 / 声の出演:八代目市川染五郎、杉咲花、潘めぐみ、花江夏樹、梅原裕一郎、中島愛、諸星すみれ、神谷浩史、坂本真綾、山寺宏一、井上喜久子 / アニメーション制作:シグナル・エムディ×サブリメイション / 配給:松竹
2020年日本作品 / 上映時間:1時間29分
2021年7月22日日本公開
公式サイト : http://cider-kotoba.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2021/7/29)
[粗筋]
チェリー(八代目市川染五郎)は夏休み、腰痛になった母まりあの代役として、ショッピングモール《ヌーヴェルモール》内にあるデイサービスセンターでアルバイトをしていた。
ある日、モールで評判の悪ガキ・ビーバー(潘めぐみ)が騒動を起こしたとき、チェリーは偶然ぶつかった少女と携帯電話を取り違えてしまう。取り違えた携帯の持ち主はチェリーのひとつ年下で、SNSでこまめに動画の生配信をしているスマイル(杉咲花)という少女だった。
チェリーは大の人見知り、スマイルも自分の素顔を見られたくない警戒心から、最初は距離を保っていたが、チェリーが参加した、デイサービスの老人たちの吟行を目撃したことがきっかけで、急速に親しくなっていった。
デイサービスセンターが人手不足に困っていたことから、スマイルはアルバイトとしてチェリーの同僚にもなった。だがその実、親しくなればなるほど、打ち明けにくい秘密を、チェリーは抱えていた……
[感想]
骨格は非常にシンプルな青春ラヴストーリーだ。夏休みに偶然のきっかけで同じ世代の少年少女が出会い、医大に惹かれ合っていく。それぞれに抱える悩みや秘密が周囲で起きる事件と結びついて、クライマックスの、非常に順当な結末へ向かっていく。
だがそれを“安易”と責めるなら、そもそもこういう作品を観ないほうがいい。勘所は、その骨格を彩るディテールがどれほど魅力的で、最後のドラマを高めているかどうか、だろう。その点で考えれば、本篇は文句なくハイレベルだ。
まず挙げておきたいのは、アニメーションならではの映像のタッチだろう。舞台は架空の、しかし日本のどこにでもありそうな新興都市。しかし、輪郭線を明瞭に、ヴィヴィッドな色遣いで描き出した空間は、馴染み深いけれどファンタジーにも似た装いを感じさせる。
しかし、描かれる世界はむしろ非常に現実感が豊かだ。格別な売りのない、幹線道路の周囲に改装の低い建物が並ぶ。古い集落がある一方で、主人公のチェリーは当初団地に住んでいる。中心的な舞台となる大型ショッピングモールには歯科もデイケアセンターもあり、恐らくは周辺にある都市のために開発された町であることを窺わせる。登場人物たちの生活様式にしても、デイケアセンターに通う老人たち、働くひとびとの姿もリアリティがある。
本篇はその枠組のなかで、アニメーションならではの空想性、躍動感をしっかりと織り込んでいる。たとえば序盤、チェリーの友人ビーバーが悪さをして逃げ惑うくだりや、チェリーとスマイルが次第に親しくなっていく過程の表現は、アニメならではの躍動感と工夫に満ちている。
だが、中でも出身の着眼は、俳句というモチーフの使い方だろう。文字だけでも通じる、しかし音の数や韻を評価する俳句の様式は、現代のラップに通じる。それを利用し、他人と真っ向から向き合うことが苦手なチェリーの変化、成長をうまく表現している。タギング=落書きという違法行為であることを考えると、あんまり推奨はしたくないのだが、それらの俳句をビーバーのタギングとして、背景のあちこちに潜ませているのも面白い。そのお陰で、アニメに限らずありがちな風景のワンカットが、心象表現の一部としてより鮮明になっている。
そうして、これらの要素が混然となって結実するクライマックスの疾走感、爽快感は逸品だ。チェリーとスマイルの個性、抱えていた悩みを引っくるめて、あり得ないほど恥ずかしい、しかし清々しいシチュエーションで昇華する。現実であってもおかしくないが、そのわざとらしさが自然に馴染んでいるのは、アニメーションという表現方法ならではだろう。
本篇で採用された俳句の大半は、現役の高校生たちとともに、作品のテーマに沿って実施した句会で詠まれたものだという。ほかでもない、やけに特徴的なタイトルも、この句会で生まれたものだった。劇中に“サイダー”という単語は決して重要視されていないが、結果としてこの物語の持つ躍動感と爽やかさを、五七五のなかに凝縮した、この上なく本篇に相応しいタイトルだと思う。
様々な趣向が神憑りに美しく融合して、それぞれを高めあった、優秀な青春映画である。
関連作品:
『メアリと魔女の花』/『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』/『ハピネスチャージプリキュア! 人形の国のバレリーナ』/『泣きたい私は猫をかぶる』/『フラグタイム』/『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン 』/『夜は短し歩けよ乙女』/『はいからさんが通る 後編 ~花の東京大ロマン~』/『レイトン教授と永遠の歌姫』
『映画 けいおん!』/『心が叫びたがってるんだ。』/『リズと青い鳥』/『ジョゼと虎と魚たち(2020)』/『犬ヶ島』
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