『神探大戦』

有楽町駅前のイベントスペースにあしらわれた『神探大戦』キーヴィジュアル。
有楽町駅前のイベントスペースにあしらわれた『神探大戦』キーヴィジュアル。

原題:“神探大戦” / 英題:“Detective VS. Sleuths” / 監督:ワイ・カーファイ / 脚本:ワイ・カーファイ、ジア・ルー、ジエ・リー、ワン・イービン / 製作:ワイ・カーファイ、エレイン・チュー、シュー・キンチャウ、アルバート・ユン、ユー・シャオナン / 撮影監督:チェン・シウキョン / 編集:アレン・ルン / 音楽:ベン・チェウン、チュン・チーウィン / 出演:ラウ・チンワン、シャーリーン・チョイ、レイモンド・ラム、カルメン・リー、ジーナ・ホー、カルロス・チャン、タン・イェー / 日本配給未定
2022年香港、中国合作 / 上映時間:1時間41分 / 日本語字幕:最上麻衣子
第35回東京国際映画祭ガラ・セレクション上映作品
日本公開未定(2022/10/28現在)
第35回東京国際映画祭公式サイト内紹介ページ : https://2022.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3503GLS05
ヒューマントラストシネマ有楽町にて初見(2022/10/28)


[粗筋]
 香港、西九龍署の管轄で、警官ふたりが銃殺される事件が起きる。捜査陣は、現場にもうひとり倒れていた警官がふたりを狙い、銃撃戦に発展した結果、相討ちになった、と推理する。しかし、その記者発表の現場に、かつて同署で勤務していたリーが乱入する。犯行現場にはもうひとりの人物が存在し、その人物が銃撃戦を誘発して3人を殺害した、と訴える。だが警察は聞く耳を持たず、リーを逮捕した。
 ――それから17年が経過した。一時は精神病院に収容され、家族も家も失くしたリーは、かつての同僚が捜査にしくじった、と彼が考える幾つかの猟奇犯罪についての記録とその推理を身の回りのものに書きつけて整理を続ける日々を送っていた。
 リーが次第にそれらの事件の核心を掴みつつあったとき、彼がある事件の犯人と目していた人物が、その犯行に似せた方法で殺害される。汚名返上の好機と捉えたリーは、自らの特異な能力を駆使して事件の解明に挑む。
 彼の特殊能力は、自らに犯人の精神を投影し、その行動を追跡する、というものだった。果たして、リーは捜査陣に先行して、新たな犠牲者を探り当てていくが、それは結果的に、彼自身をも追い込む事態に陥っていく――


[感想]
 当初私は本篇を、『MAD探偵 7人の容疑者』の続篇と認識していた。実際、そう謳っているようなのだが、ただし、一般的に考えられる“続篇”とは性質が違う。近しい方向性、世界観、キャラクター性などに立脚した、別作品なのである。実は香港、その流れを受け継いだ中国映画ではそうしたスタンスの“続篇”はあまり珍しくない。たとえばジャッキー・チェンの出世作である『スネーキーモンキー/蛇拳』と『ドランクモンキー/酔拳』は、スタッフも共通していることからシリーズ的に解釈されるが主役の設定もキャラクターも違う。日本では違う邦題で輸入されている《SPL》シリーズ、国は違うがタイのトニー・ジャー出演の《マッハ!》シリーズも1作目と2作目&3作目は時代背景まで違う。後者に関しては、邦題は《マッハ!》っぽいが実は『トム・ヤム・クン!』のちゃんとした続篇である『マッハ!無限大』みたいな作品まであるのでややこしい。
 のっけから脱線してしまったが、そういうわけで、前作を観ていなかったとしても、本編を鑑賞するのに“基本的に”支障はない。作り手のスタンスについての予備知識が得られる、という意味では、本篇の予習として前作を鑑賞するのもアリだとは思うが、必須ではない。
 しかし、前作が好き、と断言できるほど奇特な方であれば、恐らく本篇はかなり確実に楽しめるはずである。
 物語は序盤から異様なボルテージで進行する。立て続けに描かれる緊迫した場面、常軌を逸した犯行。刑事が記者会見の場に突入し、銃をぶっ放しながら自説を吹聴する、というなかなかにクレイジーなひと幕を挟んで、物語はやっと主な舞台となる時制に移る。
 あまりにテンポが速いせいで、いったい何が起きているのか、そもそもどれが何というキャラクターでどういう関係性なのか、もなかなか掴みにくいのが難だが、それでも次第に大まかな全体像と、主人公たるリーの特異性が解ってくる。そして、解ってくるにつれて、リーという“神探”の特殊性、そしてなぜこういう事態に陥っているのかも察せられてくる。
 犯人の意識、思考を憑依させて、その行動をトレースする、という特殊すぎるリーのスキルは、一気呵成に真相に肉薄できる強みがある一方、傍目にはほぼ超能力だ。それゆえに狂人扱いされ、信用も失ったリーが凋落するのも、同時に自身が“神探”である、という点に固執し続けるのもある意味では頷ける。そんな狂気の名探偵と、特殊な殺人犯達との攻防は、ミステリとして見てもサスペンスとして見ても常軌を逸した展開を繰り広げる。スピーディで多彩な変化は、先読み困難、とも言えるが、観客を置き去りにする可能性も小さくない。しかし同時に、極めて挑戦的な内容とも言えるだろう。
 あまりにも急激な状況の変化、そして終盤で明かされる絡繰りは、いささか大仰に過ぎて、明かされたときの衝撃は大きいが、必然性を疑ってしまう。また、そこに至るまでの過程で大きな変化が幾度か起こるが、果たしてあそこで変化させる必要があったのか、そしてあの混乱した状況でそこまで計算ずくで行動出来たのか、そこまでする必要はあったか、など疑問点が非常に多い。観返してみれば、作り手の計算が垣間見える可能性もありそうだが、なまじ100分程度の手頃な尺に収めてしまったがゆえに、そこに説得力を欠いてしまった、という印象だ。6話構成のミニ・シリーズくらいの尺で描くのがいちばん適切だったのでは、と惜しまれてならない。
 すべてが過剰で、ついていくのが大変だが、しかしその世界観が受け入れられるなら、類のないスリルと昂揚感が堪能出来る。奇妙だが異様な感動を呼ぶクライマックスと、少々シュールとも言えるエピローグに、ラストのちょっとした描写が残す不穏な予感と、手頃な尺の中で豊かな変化を味わえるのも評価したい点だ。
 前作『MAD探偵』同様、極めてクセは強いが、様々な趣向が盛り込まれた意欲作である。迂闊にはお薦め出来ないけれど、挑戦してみるとハマる可能性もある――絶対にハマる、とは保証しかねるが。


関連作品:
MAD探偵 7人の容疑者
ダイエット・ラブ』/『フルタイム・キラー』/『ターンレフト ターンライト』/『マッスルモンク
奪命金』/『白蛇伝説~ホワイト・スネーク~』/『ドラゴン・コップス -微笑捜査線-』/『アイスマン 超空の戦士』/『新宿インシデント
魍魎の匣』/『ウォッチメン』/『捜査官X』/『記憶探偵と鍵のかかった少女』/『THE BATMAN-ザ・バットマン-

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