在宅透析はじめました。

こんなこと始めてました。

ただいま自宅にて透析中。

 ――ということで、本日から、自宅にて血液透析を実施することになりました。

 おととい軽く触れていた、3年半にわたって継続していた“用事”とはすなわち、人工透析でした。
 糖尿病と診断されて数年、食事制限などで血糖値の上昇はだいぶ抑制出来ていて、インスリン注射は不要、未だ低容量の服薬だけでしのいでいるのですが、長年医者に行かなかったことが祟り、先に腎臓が音を上げてしまった。かくて、3年半前から、月水金にクリニックに通い、機械に繋がれて、血液を濾過したり、排出できない水分を出してもらう生活をしていたわけです。
 もともと午後には仮眠を取る習慣のあった私は、透析のため4時間ほど拘束される生活じたいは、それほど苦にはならなかった。針は刺さったままでもパソコンやスマホはいじれるし、しんどければ本を読んで時間を潰してもいい。そしてその隙に眠る。ベッドに縛りつけられてる以外はふだんとさして変わらない。
 しかしそれでも、私の都合で時間の動かせないイベントには参加しづらい。東京03の単独公演みたいに、何日かの枠が組まれているようなイベントならまだしも、タイタンシネマライブのような一回こっきりのイベントの場合、予め色々と調整せねばならない。事実、この1年ほど、時間帯が前倒しになりがちだったシネマライブに合わせ、金曜日の透析を少し早めに始めていたことも何度かある。この自由度の低さは、どうしても不満として残っていた。

 そんななか、今年の春、我が家に新聞とともに舞い込んできたチラシが、今回の転換のきっかけでした。
 近所に新しい人工透析のクリニックが開業する、というお知らせ。もともとは別のところにあったクリニックの分院らしい。自分にとって無縁の施設ではないので、なんとなく文面に目を通すと、“在宅透析の支援”という項目がある。
 いわく、ある程度自己管理が可能で、最低ひとりの介助者を用意できる患者の自宅に、クリニックの支援で人工透析の機器を導入する。機器の購入や簡単な工事までなら施設が負担、場合によっては追加の工事も必要ですが、いちばん費用のかかるところはクリニックが担ってくれる。
 自宅で透析を実施するため患者は、定期的に届けられる消耗品の管理、機器の準備や穿刺、透析終了後の後始末まで、すべて自分でこなすことになる。面倒だし、覚えることも多々あるが、その一方、クリニックに通うときのような時間的拘束がなく、患者は好きな時間に透析を実施できる。都合がつかなければ透析をしない日を設けてもいいし、毎日しっかり透析をしてもいい。
 調べてみると、実はこの、透析時間・回数が自由に設定できる、というのは、患者の健康維持のにおいても都合がいいらしい。
 本来、常に活動している腎臓の機能を補うのですから、透析時間は長ければ長いほどいい。
 しかし、この血液透析の場合、時間よりも重要なのは回数なのだそうです。
 人工透析の効率を計算する場合に用いられる式は、透析時間×一週間あたりの透析回数の自乗。この計算式で、70を超えるのが理想らしい。施設透析の基本である週3回4時間の透析だと、4×3×3=36。理想には程遠いのが解る。しかしたとえば、週5回だとどうか。4×5×5=100で、理想を大幅に上回る。仮に、4時間はキツいけど3時間ずつで、と考えたとしても合計は75、充分理想に達する。
 人工透析は、透析を開始してしばらくがもっとも効率がいい、という側面があるため、こうした式が成り立つらしい。故に、患者の生活の質を考慮した場合、ある程度の自己管理が可能なら、在宅透析のほうが断然、いい。
 そうした事情から、今回近所に新しく出来たクリニックの系列では、在宅透析実施の指導と支援を積極的に実施していた。
 チラシが届いて数日後に催された内覧会を訪れ、クリニックの方々に細々とした疑問をぶつけてみても、やっぱり私にとって理想的としか思えない。介助者を務めてもらうことになる母の理解も取り付け、5月末からこの新設クリニックに転院、2ヶ月ちょっとのトレーニングや下見を経て、晴れて本日、自宅での透析が始まったわけです。

導入当日。

 予想よりも早く、9時前には施工業者が到着した。総勢5名。透析機器と浄化装置、それに大量のケーブルや工具を持参して。
 てっきり、機器を置いて配線を行えば完了、かと思ってましたが、現地での組み立てなどがけっこうたくさんある。まさか筐体のカバーを開いて、基板の取付までやるとは想像してなかった。しかも透析機器だけではなく、透析機器の給水と排水を行う浄化装置も、カバーを外して取り付けやってるんだもの。そりゃあ何時間も枠を取るわけだ。
 たっぷり5時間は費やして、ひととおり設置が済んだ頃に、指導担当の技師が到着。とはいえ、なにかしてもらうわけではなく、私が自分自身で準備をして透析を開始するまで、経過を見届けるのがメインらしい。施工業者と書類のやり取りをしたり、配送の方が持って来なかった注射や薬剤、記録用の書類を置いていくのも含まれていたようですが。
 なにが心苦しいって、私が透析を開始して、無事に機材が稼働しているのを見届けないと、技師も業者も帰れないらしい……如何せん、しっかりトレーニングを実施したとは言い条、自宅では初めて。資材もさっき届いたばかり、業者が工具などを広げていたので、まだ開封もしていなかったのを都度都度開けなければなりません。ひどい罪悪感に駆られつつ、とにもかくにも透析を実施。
 けっきょく、業者や技師がお帰りになったのは、15時半も過ぎた頃でした。手間取って申し訳ない。

こんな手順でやってます。

 ここからは基本、自分ですべてを実施します――そうでないと在宅透析なんて無理なわけですが。
 まず、機器と2種類の透析液のタンクを繋ぎ、《液置換》という作業をする。内部に新鮮な透析液を送りこみ、準備を始めるのです。ちなみに初日は動作確認のため施工業者が既に繋いでいたため、この工程はスルー。
 ボタンを押すと、10分ほど機械はこの工程にかかりっきりになるので、そのあいだに私は《プライミング》と呼ばれる、透析に必要な医材のセッティングを実施する。血液の濾過と水分の排出を実施するのに必要な《ダイアライザー》を中心に、血液を循環させる回路を組み立てていく。この回路は1回ごとに使い捨てなので、透析のたびに実施しなければなりません……なにせ、最終的にどーしても血液がいくぶん残り、凝固してしまうので、使い回しは不可能ですしね。
 回路のセッティングが済んだら、全体に生理食塩水を流していく。こうしないと、身体に繋いだとき、回路内に残った空気などが入ってしまう。少しでも入れば、冗談でなく命に関わる。
 この工程が済んだらここの出口を閉じて、このあいだにここの空気を抜いて、このくらい生理食塩水が浸透したらここをいちど閉じてここに生食を貯めて……と、異様に手順が多いので、丸暗記しようとするとなかなか大変です。ただ、どの順番で生食を満たしていかなければいけないか、というのを、妥当性から考えていくと呑みこみやすい。実際、私の場合、この《プライミング》については、トレーニングの早い段階で慣れました。
 ひととおり回路のなかに生食が浸透したら、透析液のチューブをダイアライザーに接続し、《ガスパージ》という工程を実施する。これで、回路に残っている余分な空気などを抜いて、身体に繋げられる状態になります。
《ガスパージ》をしているあいだに、予め計っておいた体重をもとに、排出する水分量を機器に入力しておく。腎不全を発症すると尿量が極端に減るので、この手順を経て不要な水分を抜かないといけません。放っておくと、地上に居ながらにして溺れているような状態になってしまう。とはいえ、水分そのものは身体に必要なので、人工透析の患者はそれぞれ、目安となる《ドライウェイト》を医師の指導で決めてある。患者は透析前の時点での体重を測定、《ドライウェイト》を上回っている余分な重量を、この排水作業で抜いていきます。
 これでようやく穿刺です。ぶっちゃけ、この在宅血液透析でいちばんハードルが高いのはここ。通常は技師なり看護師なりが、血管の位置を確認しつつ、太く長い針を刺して、回路と繋いでくれるのですが、これを自分ひとり、しかも片手で実施しなければならない。
 刺さなければいけない針は2本、血液を引いていく動脈側と、返していく静脈側がある。私の場合、動脈側の血管がだいぶ綺麗に浮き上がっていて、極めて刺しやすいのですが、静脈側がなかなか難しい。
 理屈上、動脈側よりも心臓寄りであればどこでも構わず、動脈側の針から数センチのところでも可能なのですが、距離が短いと色々と弊害も生じる。私がクリニックから薦められたのは、上膊部、中ほどにある血管でした。ここだと、充分な距離も保てるし、透析中に腕を動かしても回路に影響が生じにくい。
 ……が、この上膊の血管がなかなか刺しにくい。以前に通っていたクリニックでは、一部の看護師しか刺さないくらいに難しい箇所で、私自身、在宅透析を決めてからのトレーニングで幾度も刺してますが、なかなかうまく血管を捉えられない。時間がかかると血液が固まり、血管が詰まってしまうので、手際よくやらなきゃいけないのに、まごつくこともしばしば。指導に当たってくれた技師は「時間がかかっても慎重に刺した方がいい」と仰言るのですが、手間取ると固まった血液を抜く作業も挟まってしまう。大した量ではないとは言い条、なんか無為に血を捨てるのが悔しいので、やっぱりスムーズにこなしたい。初日の今回は、残念ながらいっかい血管を逸らしてしまい、新たに刺しなおす羽目になりました。2本目でうまく行ったものの、スムーズに刺さったまんま後回しにせざるを得なかった動脈側が固まりつつあったので、こちらにシリンジを繋いで少し血液を抜きました……ああ勿体ない。
 穿刺が済んだら、回路と繋げ、機械の《脱血》ボタンを押すと、ようやく透析が始まります。施設ならばここから4時間、椅子なりベッドなりから離れられませんが、自宅であれば、どーしようもない場合止めてもいい。体調を崩して以来、お腹の調子が不安定なので、予めトイレに入って用を足していても、透析途中で生理現象に襲われることがあんまし珍しくない。施設の場合、一時的に回路を外し専用の器具で塞ぎ、トイレに移動することも可能ですが、自宅だと、この手順で感染のリスクが高まるため、いっそ透析を終了してしまったほうがいいらしい。前述した通り、透析は序盤で効果を強く発揮するので、必要なのは回数をこなすことになる。我慢して長時間実施するよりは、出来る範囲で、毎日コンスタントに繰り返すことのほうが重要なのです。
 開始してしまったら、あとは特に何もない。繋がった回路が届く範囲で動き回ることも出来るし、読書しようが仕事しようが眠ろうが構わない。ときどき、回路にかかる圧力が設定基準を超えたときに警報が鳴りますが、大きな問題がなければ基本、警報を解除すればそのまんま続けられるのです。
 約4時間、透析が済んだら、返血ボタンを押して、回路に残った血液を可能な限り身体に戻していく。
 ただし本日は4時間、実施しませんでした。設定をいじって、除水だけ3時間で終えて、1時間ほど余分に透析を行うつもりでいたのですが、除水が終わるちょっと前から、BV値が設定より下がりすぎてしまった。血液の濃さを示すもので、これが下がりすぎると血圧の急低下を招く恐れがある。除水が済めば安定する可能性もありましたが、大事を取って、除水が完了したタイミングで返血の工程に入りました。非常時は潔く透析を止める、というのも指導されてたので、ここは想定内。
 返血が終わったら、針を抜き、止血ベルトを巻いて、針穴を塞ぐ。そのあいだに、《排液》というボタンを押し、回路に残った水分や返しきれない血液を捨てます。これが済んだら、回路やダイアライザーを外して捨てる。透析液のタンクに繋がれたチューブを機器の所定の場所に戻して、余った透析液は廃棄します――いちおう「継ぎ足しちゃ駄目?」と聞いてみたのですが、ほんとに日持ちがしないそうで、継ぎ足すと菌が発生してしまうそうです。よっぽど間隔を短く実施するのでもない限り、廃棄するのが正解だそうな。もったいないけど。

在宅透析初日を終えて。

 ――というわけで、在宅透析初日はどうにか終了。
 準備から回収までの過程にほぼほぼ不安はありませんでした。数値の推移が望ましくなくて、終盤に警報が繰り返しましたが、本当に終盤だったので、透析そのものは問題なく終わった。返血の際、ちょっとしたエラーが出ていて、その対処を忘れたためにちょこっとだけトラブルがありましたが、これも大きな問題ではない。
 むしろ痛感したのは、消耗品の多さと、その置き場所の厄介さ、だったりする。
 いちばんの難物は透析液で、およそ6l入りのタンクをふたつ、透析のたびにセッティングしなければいけない。開けたが最後、継ぎ足しや使い回しは困難なので、残りは廃棄することになる。しかし、空になったタンクは、次の配送の際に業者が回収してくれる、とのことで、いちど透析液を並べたスペースは、もう二度と空くことがない。
 ……まあそれはいいのです。とにかく、透析液含め、届いたものを動かすのが実に大変。今回は、機器を置く部屋がほぼほぼ工具で埋まっていた時間に消耗品が届いたので、いったん車庫の空きスペースに積みましたが、次回は業者のかたにも協力してもらって、確保した置き場所に積むのを手伝って貰います……さすがにこの量と重さを、母に運ばせるのは忍びない。

 ……何にせよ、ひたすらに疲れました。まあ初日で、やたらと人がやって来て、大量の荷物を搬入し、いつもと違う時間、環境に透析を始め、挙句に終わってからも荷物の整理、なんてめいっぱい活動していたので、疲れて当然なのです。明日からはたぶんもっと楽になる。

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