『雨を告げる漂流団地』

ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン6入口前に掲示された『雨を告げる漂流団地』ポスター。
ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン6入口前に掲示された『雨を告げる漂流団地』ポスター。

監督:石田祐康 / 脚本:石田祐康、森ハヤシ / 脚本協力:坂本美南香 / 企画プロデュース:山本幸治 / キャラクターデザイン:永江彰浩 / キャラクターデザイン補佐:加藤ふみ / 美術監督:稲葉邦彦 / 色彩設計:広瀬いづみ / CGディレクター:竹鼻まゆ / 撮影監督:町田啓 / 編集:木南涼太 / 音響監督:木村絵理子 / 音楽:阿部海太郎 / 主題歌&挿入歌:ずっと真夜中でいいのに。 / 声の出演:田村睦心、瀬戸麻沙美、村瀬歩、山下大輝、小林由美子、水瀬いのり、花澤香菜、島田敏、水樹奈々 / 企画:ツインエンジン / アニメーション制作:スタジオコロリド / 配給:ツインエンジン×Giggly Box Co.,Ltd.
2022年日本作品 / 上映時間:2時間
2022年9月16日日本公開
同日Netflixにてデジタル配信世界同時開始 [Netflix]
公式サイト : https://www.hyoryu-danchi.com/
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2022/9/16)


[粗筋]
 幼馴染みの熊谷航祐(田村睦心)と兎内夏芽(瀬戸麻沙美)の関係は近ごろぎこちない。長年、一緒に暮らしていた鴨の宮団地が取り壊されるのと時を同じくして、2人を可愛がってくれた航祐の祖父・安次(島田敏)が亡くなり、その際の諍いを引きずっている。仲直りの機会がないまま、夏休みを迎えてしまった。
 終業式の日、同級生の小祝太志(小林由美子)が航祐を、既に閉鎖された鴨の宮団地への冒険に誘った。なんでも最近、誰もいないはずの団地に子供の幽霊が徘徊している噂があるという。太志は自由研究のためにこの幽霊を捕獲するつもりだった。航祐はもうひとりの同級生・橘譲(山下大輝)とともに、渋々太志に同行して、解体の準備が始まっている敷地内に潜入した。
 多くの棟は入り口が封鎖されていたが、航祐が暮らしていた棟だけは、扉の鍵が開いていた。何者かが先に潜入している痕跡があり、緊迫した航祐達だったが、そこに潜んでいたのは夏芽だった。少し前から団地に潜り込んでは時間を過ごしていた彼女は、そこでのっぽ(村瀬歩)という少年に出会ったという。無人となった団地に住みついている彼のために、夏芽はテントや食料を持ち込んでいた。
 航祐達が屋上に出ていると、その様子を見咎めた羽馬令依菜(水瀬いのり)と安藤珠理(花澤香菜)も潜入してきた。前々から衝突の絶えない夏芽と令依菜はここでも諍いとなり、揉み合った拍子に夏芽は転落してしまう。飛び出した航祐の手からも滑り落ちかけたとき、突如として団地の周りに大量の雨が降り注ぎ――気づけば周囲は見渡すばかりの大海原になっていた。
 動揺する令依菜たちに対し、夏芽は「団地にいるとき、こういう状況になった」と慌てる様子もなく、眠れば元に戻るという。しかし、疲れ果てて眠ったあとも、団地は漂流を続けていた。
 いったいこの団地に何が起きたのか、どこに向けて流されているのか。子供たちの想像を超える冒険は、そうして始まった……


[感想]
 昨今は老朽化と居住者の高齢化が進み、改築や再編が進んでいる団地が多い。しかし、多くの日本人にとって団地はいまなお、原風景の一部に組み込まれた存在ではなかろうか。実際、団地住まいではなかった本篇の監督も、その憧憬から企画に着手したという――製作に際して、実際に団地に住んだ、というのはさすがに凄まじい入れ込みようだとは思うが。
 本篇の舞台となるのは、建築から長い時間を経て解体が決定し、既に封鎖された団地である。それが、突如として大海原に投げ出され漂流する、という空想的なヴィジュアルのなかで物語は展開していく。荒唐無稽極まる、とも言えるが、実写では難易度の高い、アニメーションならではの興趣があるのは確かだ。
 唸らされるのは、状況は荒唐無稽でも、冒険として、サヴァイヴァルとしてはリアリティが貫かれている点だ。最初は、夏芽の経験から、ひと眠りすれば元に戻る、という認識でいたが、何日経っても状況は変わらず、団地は大海原を漂い続けている。はじめは、夏芽が籠もるために備蓄していたブタメン(このチョイスも絶妙だ)でしのいでいたが、次第に事態の悪化を悟って、いちどに食べる量を減らしていく。最終的には、いちばん頭の回る珠理が、屋上などに根付いた植物から食べられるものを選別して蓄える描写まで出てくる。よりイマドキの子供である令依菜が和式便器しかない事実に動揺し、最終的に用足しが団地のすぐ外にある海を利用するようになっていくあたりも生々しい。もちろん直接には描かれていないが、衛生的にも極限に追い込まれていく感覚をきちんと表現しており、本物の“冒険”のインパクトがある。
 また、そこに複数の子供たちがいることで、中心となる航祐と夏芽のみならず、他のキャラクターとの絡み合いで複雑なドラマを構築していくのが巧い。団地にまつわる記憶で因縁のある航祐と夏芽はもちろんだが、前々から航祐に対して積極的なアプローチを繰り返していた令依菜からすると、そんな夏芽の立ち位置や態度自体が面白くない。他方で、そんな令依菜と行動を共にすることの多い珠理は、冷静さと頭の良さでこのサヴァイヴァルにおいてけっこう重要な役割を果たしているのに、令依菜に対してあるコンプレックスを抱いている。そして、登場からあからさまに謎めく《のっぽ》も、ドラマのなかで存在は大きい。この4人ほどドラマは濃厚ではないが、太志と譲も、それぞれのキャラクター性が物語の中で重要な意味を持っている。冒険ものとしての旨味とインパクトを引き出しながら、物語としての変化、盛り上がりも考慮して人物を配置している。クライマックスの一見突拍子もない状況さえも、きちんと背景が用意されているので、映像的なダイナミックさに豊かな情緒が備わっている。
 それにしても本篇のクライマックスの、怒濤のような畳みかけは圧巻の一言に尽きる。冷静になってみればあまりにもファンタジーが過ぎる、と感じる要素や展開も多いのだが、それをねじ伏せる力強さに満ちている。アニメーションだからこそ可能な映像のスペクタクルに、丹念な人物描写があってこそ生まれる葛藤と興奮の数々は、まるで嵐に揉まれるかのようだ。この激しい揺さぶりがあるから、ラストの爽快感もひとしおなのだ。
 そしてもうひとつ本篇を評価したいのは、物語が観客の心の中で膨らんでいく余地が豊かである、という点だ。例えば、漂流する団地が辿り着いたのが何処なのか、冒険を共にした子供達の関係はどう変わったのか、そしてどんなふうに大人になっていくのか? “団地”という、近代のものでありながら日本人の郷愁を誘うモチーフを文字通りの大海原に投げ込むことで、これだけの興奮と感動、そして余韻を醸成していることに、ただただ感服するほかない。
 近年は細田守、新海誠と、その名前で客を呼ぶことの出来るアニメーション作家が増えてきたが、本篇の石田祐康監督もいずれそうなっていくかも知れない。そんな可能性を感じさせる傑作である。


関連作品:
ペンギン・ハイウェイ』/『泣きたい私は猫をかぶる』/『内村さまぁ~ず THE MOVIE エンジェル
どうにかなる日々』/『トロピカル~ジュ!プリキュア 雪のプリンセスと奇跡の指輪!』/『グッバイ、ドン・グリーズ!』/『SING/シング:ネクストステージ』/『スマイルプリキュア! 絵本の中はみんなチグハグ!』/『羅小黒(ロシャオヘイ)戦記~ぼくが選ぶ未来~』/『聖☆おにいさん』/『若おかみは小学生!
スタンド・バイ・ミー』/『の・ようなもの』/『サマーウォーズ』/『ポッピンQ』/『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』/『サイダーのように言葉が湧き上がる』/『アイの歌声を聴かせて』/『夏へのトンネル、さよならの出口』 

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