『劇映画 孤独のグルメ』

有楽町駅前広場の第37回東京国際映画祭チケットセンターの壁面にあしらわれた『劇映画 孤独のグルメ』キーヴィジュアル。
有楽町駅前広場の第37回東京国際映画祭チケットセンターの壁面にあしらわれた『劇映画 孤独のグルメ』キーヴィジュアル。

原作:久住昌之×谷口ジロー(扶桑社・刊) / 監督&企画プロデュース:松重豊 / 脚本:田口佳宏、松重豊 / プロデューサー:小松幸敏、佃敏史、古都真也 / エグゼクティヴ・プロデューサー:浅野太、吉見健士 / チーフプロデューサー:祖父江里奈 / 主題歌:ザ・クロマニヨンズ『空腹と俺』 / 音楽:Kan Sano、The Screen Tones / 出演:松重豊、内田有紀、磯村勇斗、杏、オダギリジョー、塩見三省、ユ・ジェミョン、マイケル・キダ、村田雄浩 / 配給:東宝
2024年日本作品 / 上映時間:1時間50分
2025年1月10日日本公開
第37回東京国際映画祭ガラ・セレクション上映作品
公式サイト : https://gekieiga-kodokunogurume.jp/
TOHOシネマズ日比谷にて初見(2024/11/5) ※第37回東京国際映画祭


[粗筋]
 個人で貿易商を営む井之頭五郎(松重豊)は、松尾千秋(杏)の依頼で1枚の絵を携えパリに飛ぶ。かつて五郎の恋人であり、今は亡き小雪の娘である千秋は、困ったときに五郎を頼るように言われていたという。
 紗雪の父である一郎(塩見三省)が絵を受け取ると、千秋はもうひとつの頼み事を持ち出した。一郎は、幼い頃に母が作ってくれた《いっちゃん汁》をもういちど飲みたい、と思っているが、母は生前にレシピを残しておらず、再現が出来ない。千秋がネットで調べても情報は見つからなかったため、五郎にレシピを探して欲しいのだという。
 五郎はひとまず、一郎の出身地である長崎県の五島列島に赴き、情報を求めた。《いっちゃん汁》という料理は地元でも該当するものがなかったが、聞き込みからエソの干物を出汁として用いていた可能性がある、と考える。だが、訪問した奈留島には見当たらず、福江島の乾物屋で辛うじて取り扱っている、という情報を得る。
 当日のうちに手に入れたかった五郎だが、島を結ぶフェリーは早々と運航を終了し、水上タクシーも営業を終えている。やむなくSUPを借りて、自らの力で福江島を目指すが、折から接近した台風によって海に転落してしまう。
 目覚めたときには、見知らぬ海辺。歩けど歩けど人の姿は見当たらない。いったいここはどこなのか。五郎は無事に、幻のレシピを見つけ出せるのか――


[感想]
 もともとフジテレビに企画が持ち込まれたが、「地味すぎる」など諸々の判断で制作に至らず、流れ流れてテレビ東京の深夜番組としてひっそり放映された作品である。それがまさかのシリーズ化、重ねることシーズン10に及び、テレビ東京系列の大晦日にはスペシャル版が放送されるのが恒例になるまでに成長した。とは言えシリーズとしてはしばらく間が開き、シーズン11のリリースについて不安視する声もちらつき始めた頃合に、発表されたのが本篇である。私がテレビシリーズの魅力に目醒めたのは2023年とだいぶ遅いが、映画好きとしては足を運ばずに済ませられるはずがない。本公開を待ちきれず、東京国際映画祭にて、関係者の登壇もない回のチケットを確保して鑑賞してしまったほどだ。
 色々あって、主演である松重豊が初めて、自ら脚本と監督を兼任して携わった作品だが、初めてとは思えないほど堂に入っている。長篇映画の経験はないとはいえ、短篇の経験はあり、何より、主演として現場を見守り、作品を届けてきた目がどれほど確かか、ということだろう。
 冒頭、作品としては初めてのパリ訪問に合わせ、五郎さんならたぶんここからもう食事を楽しもうとしてるに違いない、と納得のシチュエーションから入り、早々とあの緩くてほっこりとした世界に引きずり込む。前振りとなる部分も含め、ほぼドラマシリーズの雰囲気そのままである――食事を紹介するテロップが料理名だけで、ダジャレ混じりの短い説明文が省かれたくらいだ。
 実はこの作品、舞台の選択から、シリーズのファンにとってはニヤリとさせられるものなのだ。近年のシリーズでは触れられることが減ったが、五郎さんはかつてパリに在住、恋人と共に暮らしていた時期がある。シリーズ初期作では回想も挿入され、恋人・小雪の姿も垣間見えるが、その具体的な人物像、別れの理由などは不明のままだ。相変わらず本篇でも詳細は伏せられたものの、小雪が既にこの世を去っていること、一方で何かのときに五郎を頼るよう言葉を遺していたあたりから、決して悪い別れ方ではなかったことが窺える。踏み込みすぎることなく、こういうことを匂わせる節度のある描写もまた、このシリーズの美点であり、劇映画であえて出すのに相応しい舞台とシチュエーションだった、と言える。
 思い出のスープの味を探す、というのは貿易商である五郎さんの仕事ではないが、そうした情も含めて、引き受けてしまうのは如何にも五郎さんらしい。そこから、少々コミカルな経緯で大冒険を繰り広げることになるが、これも毎年恒例となった大晦日スペシャルに通じる流れを、映画らしく規模を大きくした体で違和感はない――ただし、テレビシリーズよりは突飛なので、そういう意味で「違う」という意見にまるっきり反対はしない。
 しかし、そうして文字通りに“流れ着いた”先でも想定外の事態に巻き込まれ、求められるままに手を貸してしまうのも間違いなく五郎さんだし、そうした展開の先に、心と身体の疲れを癒す食事が待っている、という基本の流れは決して崩さない。こと、五島列島で移動するときに“遭難”して以降の状況はなかなか平静ではいられそうもないが、そこでもちゃんと、その場の食で腹を満たそうとするのは五郎さんらしく、そしてその実、生き物としては正しい欲求でもある。そのひとときの癒やしを、全力で満喫する五郎さんの姿は、観ている側の空腹も誘うけれど、安心感ももたらすのだ。その昂揚感、多幸感はこの劇映画でも存分に味わえる。
 とはいえ、この劇映画では、食事シーンの見せ方も多彩だ。
 本篇に先駆けてテレビで12回に亘って放送された『それぞれの孤独のグルメ』では、毎回異なるゲスト主人公を招き、同じ店で異なる料理のチョイス、微妙に異なる食事との臨み方を毎回見せる、という工夫をしていたが、この劇映画では、基本的に五郎さんは注文や料理の内容、食べ方の質問をする以外はやはりあくまで一人で食事に没頭し、心の中でだけ感動を訴える、というテレビシリーズと同様のスタンスを貫く。
 しかし、そのスタンスでも、ちょっとしたお遊びの要素を加えている。劇映画はシチュエーションもゲストも多彩であるため、この工夫も豊かだ。特に、港町でのひと幕と、この物語の目的に辿り着くひと幕は、このシリーズのらしさと、本質的な魅力が詰まっている。観ていて幸せな気分になって、そして羨ましくなり、お腹が減る。
 かなり厄介なテーマで進む本篇だが、その決着も《孤独のグルメ》らしいユーモアと、感覚がしっかり詰め込まれている。個人的にこの成り行きは予想していたが、それでも粋だと思うし、腑に落ちる。
 この映画について発表があった際、ラブストーリーと大冒険がある、という予告に拒否反応を示した向きもあるようだが、そういう観客まで納得させられる、とは断言できない――実際、予告されていたとおり、ラブストーリーも大冒険もある。ただ、そこには《孤独のグルメ》がシリーズを重ねていく上で生み出した物語と表現手法によって成り立っていて、決して逸脱はしていない。その枠の中で、映画館にかけるに相応しい規模と、見応えのある映像、そして物語を構築している。
 なかなかシーズン11が製作されなかった背景として、初期のプロデューサーや演出が巣立ってしまった、という事情もあったそうで、『それぞれの孤独のグルメ』から2024年大晦日スペシャル、そして本篇まで、すべて主演の松重豊が企画プロデュースとしてクレジットされ、この劇映画において監督まで兼任したのは、やむにやまれぬ成り行きだったようだ。しかし、完成品を観る限り、そうなるべくして物語は進んでいたのかも知れない。作品と一体になった監督が、テレビシリーズを通して育てたものを凝縮した、愛すべき名作だと思う。観て楽しく、快く、そして何より、腹が減る。
 この作品を鑑賞するなら、食事を用意するか、食べに行くところを予め決めておくべきだ。そうしないと、テレビシリーズの五郎さんよろしく、街を彷徨う羽目になる……まあ、それもまた一興。


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