TOHOシネマズ新宿のロビーへと繋がるエスカレーター手前に掲示された『マトリックス レザレクションズ』ポスター。
原題:“The Matrix Resurrections” / 監督:ラナ・ウォシャウスキー / 脚本:ラナ・ウォシャウスキー、デヴィッド・ミッチェル、アレクサンダル・ヘモン / 製作:グラント・ヒル、ジェームズ・マクティーグ、ラナ・ウォシャウスキー / 製作総指揮:ギャレット・グラント、テリー・ニーダム、マイケル・サルヴェン、カリン・ウォシャウスキー、ジェシー・エアマン、ブルース・バーマン / 撮影監督:ダニエル・マサケシ、ジョン・トール / プロダクション・デザイナー:ヒュー・ベイトアップ、ビーター・ウォルポール / 編集:ジョセフ・シセェット・サリー / 衣装:リンジー・ピュー / 視覚効果スーパーヴァイザー:ダン・グラス / スタンド・コーディネーター:スコット・ロジャーズ / キャスティング:カルメン・キューバ / 音楽:ジョニー・クリメック、トム・ティクヴァ / 出演:キアヌ・リーヴス、キャリー=アン・モス、ヤーヤ・アブドゥル・マティーン2世、ジョナサン・グロフ、ジェシカ・ヘンウィック、ニール・パトリック・ハリス、チャド・スタエルスキ、プリヤンカー・チョープラ・ジョナス、ランベール・ウィルソン、ジェイダ・ピンケット・スミス / 配給:Warner Bros.
2021年アメリカ作品 / 上映時間:2時間28分 / 日本語字幕:林完治
2021年12月17日日本公開
公式サイト : http://matrix-movie.jp/
TOHOシネマズ新宿にて初見(2021/12/21)
[粗筋]
1999年にリリースしたゲーム『マトリックス』で一世を風靡したプログラマーのトーマス・アンダーソン(キアヌ・リーヴス)だが、それ以来、心の均衡を乱している。いちどはゲームのなかの《ネオ》のようにビルから飛び立とうとして、重症を負ったことがあった。精神科医(ニール・パトリック・ハリス)に処方された薬を服用しているが、アンダーソンを苛む不安は消えなかった。
その不安は、行きつけのカフェでティファニー(キャリー=アン・モス)という女性に出会うことで更に膨らんでいく。同僚のお節介で言葉を交わした彼女は、アンダーソンが『マトリックス』シリーズの中でヒロインとして登場させた《トリニティ》に面影が似ていた。この世界では戦士でも何でもなく、愛する夫チャド(チャド・スタエルスキ)とのあいだに子供にも恵まれ幸せな生活を送っている彼女だが、《トリニティ》に共感を覚えていた。ふたりは節度のある会話を交わしただけで、ティファニーはすぐに去っていったが、そのときからアンダーソンが抱く違和感はいよいよ強まっていった。
だがある日、アンダーソンは奇妙な出来事に遭遇する。勤務するゲーム会社《デウス・マキナ》が襲撃を受ける、という騒ぎが起きたさなか、ひとりの男によって化粧室へと引きずり込まれる。男はアンダーソンに、モーフィアス(ヤーヤ・アブドゥル・マティーン2世)と名乗ると、鏡の中に腕を突っこんでみせる。
モーフィアスはこの世界が、アンダーソンのゲームの中で描かれた《マトリックス》そのものである、という。《マトリックス》における監視者、《エージェント》の一員《スミス》でもあるモーフィアスは、アンダーソンのゲームを契機に、自らの運命を知った、というのだ。
困惑し動揺するアンダーソンの目の前で、事態は更に衝撃的な展開をしていくのだった――
[感想]
時間が経つほどに、『マトリックス』という作品は、クリエイターであるウォシャウスキー兄弟――のちに姉妹となったふたりの思惑とは異なる部分で受け入れられてしまった、ある意味では不幸な作品だったのではないか、と感じる。その傾向は、1作目の大ヒットによって熱望された最初の続篇『マトリックス・リローデッド』の時点で早くも多くの観客とのあいだに溝を作り、『マトリックス・レボリューションズ』で決定的となった。SF映画の傑作としてこの連作を評価する声もあれば、「やはり続篇は成功しない」という声も少なからずあった。
1作目で多くの人を熱狂させた要素は何より、それまでの常識を凌駕する発想で描かれた、新感覚のアクション・シーンの数々だったはずだ。実際、象徴的に採り上げられることの多い、キアヌ・リーヴス演じるネオが銃弾をのけ反って避けるスローモーションのくだり、通称《バレット・タイム》は公開直後から様々なパロディが製作され、20年経ってもしばしば目につくほどだ。一時代を形成した香港カンフー映画の擬斗、特撮技術をアップデートして採り入れた点でも、『マトリックス』は間違いなくハリウッド産アクション映画の一大革命であり、敷衍すれば、その後のアメコミ原作映画の隆盛もこのシリーズを抜きにしては語れない。
だが、いちど完結してから18年を経て発表された本篇を観るにつけ、そして本篇発表に至るまでのクリエイターの変化を併せて考えると、そもそもこのシリーズが具現化したかったのは、可能性の存在や、そのために必要な“革新”だった、と思えてくる。
シリーズ旧作を呑み込みながら、その外側にふたたび《マトリックス》という衣を纏わせたかのような本篇は、エージェントやザイオン、更には撮影手法であったはずの《バレット・タイム》までも物語の中でアップデートしている。さながら、一時代を通過して、地層に埋もれた文明の上に、その影響を受けた新たな文明が構築されているような趣だ。
序盤は旧作がまるで作中作、それも映画ではなくゲームとしてリリースされた設定になっているため、パラレルワールドに放り込まれたような困惑を覚える。それが、本篇の主人公アンダーソンが陥る混迷とも共鳴するので、ある意味では非常に同調しやすい作りとも言える。
ただ、決して平易とは言い難い。謎の固有名詞が頻出し、それらに大した説明も添えられず急テンポで話が進んでいくので、序盤は置いてきぼりの感を味わうひとも多いだろう。それなりにSF含め難解な映画に多数触れてきた私でも、正直なところ展開を把握しきれなかった。
そして、クリエイターであるウォシャウスキー姉妹――本篇はそのひとり、ラナ・ウォシャウスキー単独で手懸けることになったが、その経緯を重ねると、本篇に表出する要素はいちいち意味深だ。モーフィアスやエージェント・スミスのキャストが変更になった一方で、ジェイダ・ピンケット・スミスが残留したことにもきちんと意味がある。現実と仮想世界が二重写しになってしまったかのような複雑性、劇中の《マトリックス》の外側にある世界に訪れた変化も含め、本篇は旧作と同じ世界観のなかにありながら、旧作での現象を採り入れ、まったく違った外観を見せている。ただ、それは決して恣意的に発生したものではなく、確かにシリーズ第1作から順を追って提示された要素に基づいている。多くのファンにとって意外であり、望まぬかたちを取ったかに見えても、本篇は間違いなく旧シリーズの延長上に構築されている。そのなかで、各キャラクターが見せる変貌には、発展や変化、進化を望むクリエイター自身の夢、或いは祈りめいたものが籠められているように映る。
こうした描き方は、クリエイターがスタジオの要望に応えたように見せかけて、シリーズのより本質的な部分を観客に提示したかったが故ではないか、と私は思う。クリエイターが観客の認識とのあいだに溝を感じていたことの証明であり、その意思をあからさまに出来るほどにクリエイター側の覚悟が固まったこと、そして映画業界の間口が広くなったことの証明でもあるのだろう。
改めて鑑賞してみると、やはり本篇がシリーズにとって必要なエピソードだった、とは捉えにくい。しかし、これが許されるほどに『マトリックス』という作品の功績は大きく、そして本質的に、マイノリティーであったクリエイター、ウォシャウスキー姉妹のプライヴェートな部分が深く籠められたものだった、ということなのだろう。
自らの祈りを籠めたSF、という側面にフォーカスを合わせるあまり、原点である第1作が爆発的に支持された大きな要因であったアクション表現の革新性、という面を求めると恐らく期待外れになる。相変わらず、「どうやって撮ったのか?」と首を傾げるような奇想に富んだシークエンスも少なからずあるのだが、ある程度、撮影の方法にまで想像が及ぶほど映画を観てきたひとでないと、その凄味は実感しにくい。スタント技術が進化した結果、香港アクションのテイストがかなり薄れてしまったのも、残念なところだ。
しかし本篇には、革命であった『マトリックス』以降の映像技術の進化と、クリエイターたちの変化、そして映画というものの間口の広がりが窺える。繰り返すが、決して作られる必要のあった続篇ではない、とは思う。だが、なかなかかたちになりにくい映画という表現の成長を具現化した、という価値は確かにある。
関連作品:
『マトリックス』/『マトリックス・リローデッド』/『マトリックス・レボリューションズ』
『バウンド』/『Vフォー・ヴェンデッタ』/『スピード・レーサー』/『クラウド アトラス』/『ジュピター』
『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』/『ポンペイ』/『シカゴ7裁判』/『声をかくす人』/『ゴーン・ガール』/『ラ・ワン』/『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』/『コラテラル』
『ティファニーで朝食を』/『トータル・リコール(1990・4Kデジタルリマスター)』/『未来世紀ブラジル』/『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊〈4Kリマスター版〉』/『インセプション』/『エターナルズ(2021)』/『ラストナイト・イン・ソーホー』
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