『オックスフォード連続殺人』

原題:“The Oxford Murders” / 原作:ギジェルモ・マルティネス / 監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア / 脚本:アレックス・デ・ラ・イグレシア、ホルヘ・ゲリカエチェバリア / 製作:ウェラネ・フレディアーニ、エレナ・エンリケ、ジェラルド・エレーロ、ケヴィン・ローダー、フランク・リビエーラ / 撮影監督:キコ・デ・ラ・リカ / プロダクション・デザイナー:クスティーナ・カサリ / 編集:アレハンドロ・ラザロ / 衣装:パコ・デルガド / キャスティング:カミラ=ヴァレンティン・アイソラ、ギャビー・ケスター / 音楽:ロケ・バニョス / 出演:イライジャ・ウッド、ジョン・ハート、レオノール・ワトリング、ジュリー・コックス、ジム・カーター、アレックス・コックス、バーン・ゴーマン、ドミニク・ピノン、アンナ・マッシー、ダニー・サパーニ、アラン・デイヴィッド、ティム・ウォーラーズ、ジェイムズ・ウェバー・ブラウン / 映像ソフト発売元:FINE FILMS
2008年スペイン、イギリス、フランス合作 / 上映時間:1時間44分 / 日本語字幕:?
日本劇場未公開
2010年6月4日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazon]
DVD Videoにて初見(2020/06/11)


[粗筋]
 アメリカの砂漠の街で育ったマーティン(イライジャ・ウッド)は念願叶って、イギリスのオックスフォード大学に進学した。
 彼の夢は、憧れを抱く天才数学者アーサー・セルダム(ジョン・ハート)からの指導を受けることだった。だが、その思惑は初日から大きく外れてしまう。既にセルダムは教職を退いており、後進の指導にも熱心ではない、という。
 失望しかけたマーティンだったが、下宿先の娘ベス(ジュリー・コックス)に勧められ、新刊の発表に合わせたセルダムの講演会に参列する。少しでもセルダムに自分を印象づけたい一心でマーティンは果敢に発言するが、返ってきたのは、セルダムが数学や、それが導く絶対的真理に対して懐疑的である、という、残酷な答だった。
 研究室を離れる決意を固め、下宿で荷物を整理して出てきたマーティンは、そこでセルダムとばったり遭遇する。下宿の主イーグルトン夫人(アンナ・マッシー)はセルダムの同僚の未亡人であり、思い立って訪ねてきたのだという。成り行きでセルダムとともに夫人のもとへ向かったマーティンは、そこで夫人の変わり果てた姿と遭遇するのだった。
 捜査に当たったピーターソン警部(ジム・カーター)らが最初に疑惑の目を向けたのは。夫人の娘であるベスだった。一時は余命半年、とまで言われた夫人の介護に忙殺されるベスには、確かに動機がある。しかし、事情聴取に際して、セルダムはこれが連続殺人になる可能性を示唆した。セルダムは夫人のもとを訪ねる直前、新刊のサイン会で1枚のメモを手渡されたという。そこにはひとつの図形と、夫人の住所が記してあったらしい。過激な著述が原因で脅迫を受けた経験のあるセルダムは、いちどはメモを無視したが、記された住所が旧知の夫人の所在であったことを思いだし、訪ねていった、と説明した。
 セルダムの推理を証明するかのように、やがて2番目の事件が発覚する。その犠牲者は、誰も予測しないような人物だった――


『オックスフォード連続殺人』本篇映像より引用。
『オックスフォード連続殺人』本篇映像より引用。


[感想]
 果たして、この世界はすべて、論理で解き明かすことが出来るのか?
 論理学、哲学、数学、物理学等々、様々な学問を究めようとするひとびとが挑み続け、幾度も挫折し、或いは妥協を余儀なくされた疑問である。一種のロマンとして、叶わぬ夢と理解しながら挑み続けるひとはまだいい。あまりにも切実にその真理を探究しようと欲すれば、それは途方もない修羅の道に陥っていくことをも意味する。
 本篇は決して抽象的な謎を描いた作品ではなく、明確な殺人事件が発生し、“犯人捜し”という謎解きの行われるミステリ映画である。だがそのなかに、こうした“真理”を追求するあまりにある種の狂気へと踏み込んでしまうひとびとの悲劇をも熱かった作品になっている。
 実のところ、本篇を支える大きな仕掛け自体は決して目新しいものではない。古典的な推理小説を読んでいるひとなら、極めて著名な先行例が挙げられる。
 だが本篇の面白さは、その影響を緻密に組み立てた構成にある。
 あまり詳しく書くと真相を割りかねないのでざっくり説明するに留めるが、この事件特有の変化の大きさが、きちんと展開のなかで辿れるようになっている。終盤で真相が明かされたとき、必要な描写がきっちりと嵌め込まれていることに唸らされるはずだ。
 そして、そんなふうに激しく動く事件がどのように展開していったのか、という過程に、真理を追究せずにいられないひとびとの業が、残酷なほど力強く表現されている。セルダムが語る友人のエピソードも凄まじいが、ある人物がやがて露わにした成功者への羨望と憎悪は、見るに耐えないほどみっともないが、それゆえに強烈な生々しさがある。
 だが誰よりも、真理を探究する、という事実に取り憑かれ、その暗黒に飲まれているのは、他でもない、語り手であるマーティンと、彼が憧れるセルダムそのひと自身なのだ。それが明らかにされていくクライマックス、それが齎す空虚な余韻はなかなか頭のなかを離れない。
 監督したアレックス・デ・ラ・イグレシアは、私の観た範囲で推測するに、かなり個性の強いタイプだと思われるが、本篇は原作付きだからなのか、いくぶん個性を抑え、ゴシックな風格を醸しつつ王道のミステリらしい雰囲気を組み立てることに力を注いでいる印象だ。だがそんななかにも、複数の人物の動きを擬似的なワンカットで立て続けに捉えていくトリッキーな場面があるかと思えば、映画的な構図の巧さが光る場面も多い。なまじクセが如実に出ていないからこそ、監督としての巧さ、センスの高さがよく見える。
 製作の中心が、日本に作品の輸入される機会が少ないスペインであったことや、捉え方によってはスッキリしない結末であったことも災いしたのか、日本では劇場公開に至らず、2010年にDVDがリリースされたきりになっている。しかし、論理の深淵を覗きこむような真相にミステリとして得がたい深みを称えた逸品である。実のところ、日本の本格ミステリ、それも病膏肓に入ったような作品に惹かれるようなひとにこそ受け入れられる作品だと思うのだけど。


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