TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『劇場版 ラジエーションハウス』チラシ。
原作:横幕智裕&モリタイシ(集英社・刊) / 監督:鈴木雅之 / 脚本:大北はるか / 製作:小川晋一、瓶子吉久、細野義朗、松岡宏泰 / 企画:中野利幸 / プロデューサー:小原一隆、太田大、草ヶ谷大輔、玉井宏昌、和田倉和利 / 撮影:江原祥二 / 美術:棈木陽次 / 照明:杉本崇 / アートコーディネーター:杉山貴直、佐々木伸夫 / 装飾:千葉ゆり / 美術プロデュース:三竹寛典 / 編集:田口拓也 / VFXスーパーヴァイザー:小坂一順 / スーパーヴァイザー:五月女康作(福島県立医科大学) / 音楽:服部隆之 / 主題歌:MAN WITH A MISSION『More Than Words』 / 出演:窪田正孝、本田翼、広瀬アリス、遠藤憲一、山口紗弥加、丸山智己、矢野聖人、鈴木伸之、浜野謙太、八嶋智人、和久井映見、髙嶋政宏、佐戸井けん太、浅見姫香、山崎育三郎、若月佑美、渋谷謙人、勝矢、今野浩喜、原日出子、高橋克実、キムラ緑子 / 制作プロダクション:シネバザール / 配給:東宝
2022年日本作品 / 上映時間:1時間55分
2022年4月29日日本公開
公式サイト : https://radiationhouse-movie.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2022/5/6)
[粗筋]
天春総合病院の放射線科、通称《ラジエーションハウス》に放射線技師として勤務する五十嵐唯織(窪田正孝)は、試練の時を迎えようとしていた。
アメリカで高度な医療を学び、医師免許も所持しながら唯織が技師になったのは、天春総合病院の元院長・天春正一(佐戸井けん太)の娘で放射線科医の杏(本田翼)を陰から支えるためだった。しかし、唯織の才能に憧れた杏は、彼と同様にアメリカの大学で学ぶ決意を固めた。その出発まで、あと3日となっていた。
だが、この慌ただしいさなかに、杏は病院を飛び出し、フェリーで伊豆諸島にある美澄島へと向かった。院長職を退いたのち、ここの診療所で勤めていた正一が、危篤状態に陥ったという。杏は母・弘美(原日出子)、そして彼を慕う多くの島民と共に父を看取った。
アメリカへの旅立ちが迫っていた杏だが、島を離れる直前、父から気懸かりな患者としてカルテを託されていた野山房子(キムラ緑子)が目の前で倒れたため、急遽現地に残った。扱い慣れない、旧式の撮影機材に困惑した杏は、診断のため唯織たち《ラジエーションハウス》に連絡する。
その頃、《ラジエーションハウス》でも事件が起きていた。
その日は、黒羽たまき(山口紗弥加)の地元の後輩である高橋圭介(山崎育三郎)が、臨月の妻・夏希(若月佑美)を検査のために天春総合病院まで連れてくるはずだった。しかしその道中、酒酔い運転の乗用車と正面衝突し、相手の運転手と共に救急患者として担ぎ込まれた。
圭介と事故の当事者・塚田和也(渋谷謙人)は大事には至らなかったが、夏希は救命時に10分以上の心停止時間があり、ほぼ絶望的な状態だった。お腹の子はまだ無事だが、早く取り上げなければ救えなくなる。夏希に意識の戻らないいま、帝王切開の承諾は圭介にしか出せない。しかし、現状をどうしても認められない圭介は、思わぬ騒動を引き起こす。
折しも日本列島には、大型の台風が迫っている。それが、美澄島に足止めされた杏に、更なる試練を与えようとしていた――
[感想]
本篇は2019年に第1期、2021年に第2期が、フジテレビのいわゆる《月9》枠にて放送されたドラマのその後を描いた劇場版である。
パンフレットの記述によると、第2期と劇場版の企画は同時に始まっており、先に固まった劇場版の内容に寄せていくかたちでドラマ第2期のエピソードが固められていったらしい。ドラマを観ていなくても楽しめる作品にすることを大前提として制作はしていたようだが、序盤から露骨に描かれる主人公・五十嵐唯織と天春杏をはじめとするラジエーションハウスの人びとの人間関係は、やはりドラマシリーズに予め接しておいた方が呑みこみやすいのは確かだ。大雑把に捉える分には本篇序盤の描写でいいのだが、各々の微妙な距離感がどうして生まれているのか、を知らないと、ハッキリしない言動に苛立つかも知れない。
しかし、そもそもこの劇場版を基準にしてドラマ2期が組み立てられた、というだけあって、物語としてのクオリティはなかなか高い。中盤、警察も介入してくる展開など、大袈裟だったり乱暴だったりするところも散見されるが、“放射線技師”という、医者にかかれば決して無縁ではないのに、意外と知らない仕事の内容とその有効性をうまく実感させてくれる話運びだ。
巧いのは、ひとつの症例、ひとりの患者に集中するのではなく、複数のケースを同時進行で採り上げている点だ。
予告篇では、離島に渡った杏が遭遇する出来事に焦点を当てていたが、実際の劇中にはおおまかに4つのケースが登場する。個々は(フィクションであっても、多少なりとも医療に接しているひとには)決して特異な症例ではないが、状況ゆえに発見されにくいもの、或いは何らかの理由で処置に困難が生じたもので、明確に“放射線技師”という職能、この職に就く人間の意思や覚悟を問われる内容だ。医師だけでは探り出すことの出来ない、患者の身体そのものが発するメッセージを読み解く過程の知的興奮、スポットが当たりにくい一方で経験や心構えを求められるこの仕事の難しさ、必要性を解りやすく表現している。原作の企画がそもそも、“放射線技師”という仕事の知名度を高めることを意図していたそうだが、その意味では、ドラマ版よりもコンパクトに、しかも明瞭にまとめ上げた本篇は理想的な作りだ。
ドラマシリーズで育てた魅力である、個性的なキャラクターとその軽妙なやり取りも健在だ。唯織と杏に後輩放射線技師の広瀬裕乃(広瀬アリス)、紆余曲折あって救急科に移籍した整形外科医・辻村駿太郎(鈴木伸之)が絡む恋模様に、技師長の小野寺俊夫(遠藤憲一)を筆頭とする同僚たちのコミカルなやり取りで、シリアスな展開であっても細かな笑いを挟んで、テンポを生み、緩急を作り出す。描くべきテーマをきちんと押さえながら、きちんと楽しませてくれるのも、娯楽作品としてそつがない。
笑わせる一方で、医療を扱う作品だからこその繊細な問題にも理性的に踏み込み、感動的な見せ場が複数設けられている。全体としては、大きな事態に繋がりかねない孤島での出来事がクライマックスとなっているが、恐らく観たひとの多くの心に残るのは、山崎育三郎の独壇場とさえ言えるひと幕だろう。この作品ならではのモチーフを活用しながら、医療の本質にも関わる人間的な見せ場を、山崎育三郎の演技が感動的に盛り上げている。率直に言えば、孤島の事件よりもこの山崎育三郎の登場する件のほうがドラマとしては記憶に残る。
作品がそもそも目指していた、“放射線技師”という職業の内容やその意義を観客に充分伝えながら、エンタテインメントとしての魅力もふんだんに詰めこまれている。テレビシリーズを楽しめたひとなら間違いなく観て損はない、シリーズでも屈指の好エピソードである。少々戯画的に強調された要素もあって、実は万人受けもしにくい気はするが、単品としても水準をクリアした作品だと思う。
関連作品:
『HERO [劇場版](2007)』/『マスカレード・ホテル』/『マスカレード・ナイト』
『るろうに剣心 最終章 The Beginning』/『天気の子』/『銀の匙 Silver Spoon』/『「超」怖い話 THE MOVIE 闇の映画祭』/『コンフィデンスマンJP ロマンス編』/『
『赤ひげ』/『小さな命が呼ぶとき』/『風に立つライオン』
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