『RUN/ラン』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン1入口脇に掲示された『RUN/ラン』チラシ。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン1入口脇に掲示された『RUN/ラン』チラシ。

原題:“Run” / 監督:アニーシュ・チャガンティ / 脚本:アニーシュ・チャガンティ、セヴ・オハニアン / 製作:セヴ・オハニアン、ナタリー・クァサビアン / 撮影監督:ヒラリー・スペラ / プロダクション・デザイナー:ジャン=アンドレ・キャリエール / 編集:ウィル・メリック / 衣装:ヘザー・ニール / キャスティング:リッチ・デリア / 音楽:トリン・ボローデール / 出演:サラ・ポールソン、キーラ・アレン、サラ・ソーン、パット・ヒーリィ、エリック・アサヴェイル、BJ・ハリソン / サーチ・パーティ製作 / 配給:kino films
2020年アメリカ作品 / 上映時間:1時間30分 / 日本語字幕:高山舞子
2021年6月18日日本公開
公式サイト : https://run-movie.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2021/06/22)


[粗筋]
 幼少の頃から様々な症状に悩まされ、日常生活を車椅子で送るクロエ(キーラ・アレン)は、しかし母ダイアン(サラ・ポールソン)の教育の甲斐もあって、頭脳明晰な少女に育った。たとえ障害があっても自立した生活を送らなければ、と考えたクロエは、幾つかの名門大学の試験を受ける。
 結果が届くのを首を長くして待ち続けていたある日、クロエは思いも寄らないものを発見する。食後にもらうチョコが恋しくなったクロエは、食事制限があるにも拘わらず、買い物帰りの母が目を離した隙に買い物袋の中を探った。するとそこには、クロエが定期的に飲んでいる薬の瓶が隠れていた。しかし、ラベルに書かれていた名前は、母のものだった。
 恐る恐る訊ねるクロエに、ダイアンは「領収書が巻いてあるだけ」と弁解するが、薬品棚に収納されていた同じ薬のラベルを剥がすと、そこにはやはり、母の名前が記されていた。
 ダイアンはいったい、なんの薬を自分に与えているのか――母の愛情を信じながらも、いつまで経っても届かない合否通知への不審も相俟って、クロエは母への疑念を募らせていく……


[感想]
 ティムール・ベクマンベトフ製作による、PC画面をそのまま活用する手法で構成されたサスペンス『search/サーチ(2018)』により、鮮烈な長篇デビューを飾ったアニーシュ・チャガンティ監督の長篇第2作である本篇は、一見すると前作よりかなりシンプルになったように映る。
 しかし、着想や大筋はシンプルであっても、その趣向の豊かさ、工夫の多さはむしろ前作を超えている。
 個人的にまず感心したのは、障害を持つ主人公クロエの描写が丁寧で、非常にリアリティを備えている点だ。多少なりともそうした人びとと接点を持っていると、映画やドラマなどでしばしば不自然な描写が引っかかるのだが、本篇にはそれがない。脚本設計の段階でもリサーチは実践されたと思われるが、それ以上に、クロエ役に普段から車椅子を利用している、つまり障害を持つ人間の所作や思考を、ほぼ完璧に採り入れている。そのため、本篇のヒロイン・クロエの描写には不自然をまったくと言っていいほど感じない。どうやら監督は、演技経験はあれど映画出演の経験がない俳優に、ヒロインの人物像を自ら考えるように促したそうで、俳優自身の経験も反映したからこそこの説得力が備わったのだろう。
 それだけならばただ気が利いているだけ、とも言えるが、本篇の秀逸なところは、そのハンディキャップを文字通り乗り越えるべき障害として、サスペンスの一部に組み込んでいることだ。車椅子ゆえに遠出もままならないクロエは、外で調査したいことにも母を利用しなければいけない。わざわざ理由を作って外出を促し、巧みに抜け出して目的地へと車椅子を漕ぐシーンを皮切りに、まさに彼女だからこそのトラブルが頻発する。親しみ深い家、自身の円滑な生活を助けるための特殊な構造が時として障害となるさまなど、ミニマムな空間にサスペンスの趣向を無数に作り出す技は、『Search/サーチ』の工夫や豊かな発想が決してまぐれでなかったことの証明だろう。
 もうひとつ特筆すべきは、母ダイアンのキャラクターに芯が通っていることだ。中盤で判明する事実はショッキングであり、それゆえにクロエは“逃げる”ことを決意するのだが、クロエが真実を知ろうと、自分からの逃亡を図ろうと、ダイアンの行動理念は変わらないのだ。だからこそ、中盤で判明する真実が恐怖を生むとともに、その後のサスペンスの趣向が形作られ、またドラマをも醸成する。本篇は実質、このヒロインと母のふたり、そして主に家と、狭い街のなかだけで繰り広げられるのだが、中心となるふたりの人物像、何を為そうとしているか、という意思が明確なので、充分な緊張感も盛り上がりもある。
 本篇で評価が分かれるところがあるとすれば、結末だろう。個人的に、意外な“毒”を残した余韻は好きなのだが、その手前で終わっても良かった、という見方もありそうだ。
 だがいずれにせよ、ストレートでありながら創意工夫に富んだ、素晴らしいサスペンス映画である。エンドロール含めても1時間半という、昨今ではコンパクトな作りだが、実が詰まっていて充実感がある。


関連作品:
search/サーチ(2018)
ミスター・ガラス』/
ゴジラ(1954)』/『裏窓』/『隣の家の少女

コメント

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