TOHOシネマズ日本橋、スクリーン1入口前に掲示された『恋におちたシェイクスピア』上映時の第三回新・午前十時の映画祭案内ポスター。
原題:“Shakespeare in Love” / 監督:ジョン・マッデン / 脚本:トム・ストッパード、マーク・ノーマン / 製作:マーク・ノーマン、デヴィッド・パーフィット、ドナ・ジグリオッティ、ハーヴェイ・ワインスタイン、エドワード・ズウィック / 製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、ジュリー・ゴールドスタイン / 撮影監督:リチャード・グレートレックス / プロダクション・デザイナー:マーティン・チャイルズ、ジル・クォーティアー / 編集:デヴィッド・ギャンブル / 衣装:サンディ・パウエル / 音楽:スティーヴン・ウォーベック / 出演:グウィネス・パルトロウ、ジョセフ・ファインズ、ジェフリー・ラッシュ、コリン・ファース、トム・ウィルキンソン、ベン・アフレック、ジュディ・デンチ、ルパート・エヴェレット、ジョー・ロバーツ、パトリック・バーロー、マーティン・クランス、サンドラ・レイントン、サイモン・キャロウ、バーナビー・ケイ、ジム・カーター、マーク・ウィリアムズ、グレゴア・トラッター、ジル・ベイカー、アンバー・グロソップ、ダニエル・ブロックルバンク、イメルダ・スタウントン / 初公開時配給:UIP Japan / 映像ソフト最新盤発売元:NBC Universal Entertainment Japan
1998年アメリカ、イギリス合作 / 上映時間:2時間17分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / R15+
1999年5月1日日本公開
第三回新・午前十時の映画祭(2015/04/04~2016/03/18開催)上映作品
午前十時の映画祭12(2022/04/01~2023/03/30開催)上映作品
2012年4月13日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video|Blu-ray Disc]
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2015/7/27)
TOHOシネマズ錦糸町 オリナスにて再鑑賞(2022/11/29)
[粗筋]
16世紀ロンドンは、大衆演劇が過熱した時代であった。優秀な劇作家を起用したローズ座、カーテン座が主に人気を博していたが、ペストの大流行がそれに水を差した。
疫病が発生した、という理由で劇場は長期の休園を余儀なくされ、ローズ座では主に公演を行っていた劇団が地方公演で糊口をしのいでいた。経営者のフィリップ・ヘンズロー(ジェフリー・ラッシュ)は経済的に追い込まれ、ヒュー・フェニマン(トム・ウィルキンソン)に対する借金が嵩んでいく。次の公演の利益を折半する、という条件で猶予を得たが、未だ劇場再開の目途は立っていない。
一方で、ヘンズローから依頼を受けていた劇作家のウィリアム・“ウィル”・シェイクスピア(ジョセフ・ファインズ)は己の才能の枯渇に悩んでいた。『ロミオと盗賊王の娘エセル』という外題と共に、ぼんやりとした構想は浮かんでも、言葉がまとまらない。恋の情熱で詩情を呼び覚まそうとしていたが、その目論見も奏功しているとは言い難かった。
そんな矢先、宮内長官から劇場再開のお触れが出た。ここぞとばかりにヘンズローは公演の準備を再開した。執筆の進捗をぼかすウィルの尻を叩きつつ、地方巡業中の劇団に代わる役者をオーディションで募る。渋々付き合っていたウィルだが、あるひとりの若者の演技に俄然惹きつけられる。彼こそがロミオだ、とウィルは確信したが、トマス・ケントと名乗った人物は、急に劇場を飛び出し逃げてしまった。ウィルは船でそのあとを追い、トマスが駆け込んだ屋敷の人間にメモを託して立ち去る。
実はトマス・ケントはその屋敷のひとり娘、ヴァイオラ・デ・レセップス(グウィネス・パルトロウ)であった。演劇への憧れを募らせた彼女は、熱意のあまり、役者として舞台に立つべくオーディションに参加したのだ。しかしこの時代、女性が舞台に立つことは風紀を乱すとして禁じられており、それゆえにヴァイオラは《トマス・ケント》の仮面を被ったのだ。
そうとは知らないウィルは、屋敷に潜入し、ヴァイオラを見つけて、一目惚れしてしまう。彼女との出会いは、ウィルの枯渇しつつあった言葉を蘇らせる。このねじれたロマンスは、やがて思わぬ騒動へと繋がっていく――
TOHOシネマズ錦糸町 オリナス、劇場前の通路に掲示された『恋におちたシェイクスピア』上映時の午前十時の映画祭12案内ポスター。
[感想]
恐らく世界一で最もその名を知られた劇作家と言っても過言ではないウィリアム・シェイクスピアだが、その来歴はあまり解っていないという。研究が進んで、ある程度のプロフィールは確定してきたようだが、“複数の作家による共同名義である”説や、著名人・知識人の別名義である説など存在し、映画においてもこれらをモチーフとした『もうひとりのシェイクスピア』という作品が生まれたりもしている。
ただ本篇は、そんな謎めいた劇作家の実像に迫る、といった趣旨ではない。シェイクスピア作品のテーマ、要素をモチーフに、イマジネーションの壁にぶち当たる作家の懊悩と、作品が成立した時代背景を絡めて編み出された、完全なるフィクションとして制作されている。というか、そう捉えねば、あまりにも何もかもがドラマとして噛み合いすぎている。
しかしこの噛み合わせが実に美しい。苦悩する劇作家が、ようやく見つけた理想の役者と、彼の詩泉を蘇らせるミューズ、その両者が同一人物である運命の面白さ。他方でこのミューズたるヴァイオラには、中世イギリスの価値観、慣習ゆえに、演劇に強い憧れを抱きながらも舞台に立つことは許されない、というジレンマがある。だからこそ男装して潜り込んだことが事態をややこしくする。しかも、そんな彼女に注目したのが、誰よりも憧れる人物だったのだから、出来すぎなほどに運命的だ。
この“出来すぎ”な運命の悪戯が、鮮やかにドラマを生み出す。実在の人物、歴史的にも確認されている事実を再構成し、それをこのシェイクスピアと麗しきヒロインとのロマンスと巧みに絡めていく手管は堂に入っている。
白眉はやはりクライマックスだ。それまでも、『ロミオとジュリエット』という作品に結びついていくドラマをちりばめ、次第に私たちの知る物語へと完成していく過程は面白いのだが、このクライマックスに至っては、完成した戯曲と、その外側にいる者の物語が絶妙に噛み合い、劇的な昂揚感を生み出す。あまりにも多くのことが都合よく転がりすぎる、という印象はここでも受けるが、それを承知の上でも酔い痴れてしまう、得難い魅力のある見せ場だ。
歴史を題材にしていればこそ、の様々な衣裳が画面を彩るのもこうした作品の魅力だが、本篇は特に富裕層から貧困層まで幅広い立場の人びとが登場し、そのうえ更に舞台衣裳も加わるので、特に多彩で華やかだ。恐らくはほとんどがセットとして構築された町の雑然たる光景に、客席、舞台、舞台裏と立体的に作り込まれた劇場の様子が実に活き活きと描かれ、鮮やかだがリアリティもある。動的なカメラワークもあって、この時代を目の当たりにするかのような臨場感さえ演出しており、没入感が著しい。だからこそ、ある意味で都合のいい展開にも惹き込まれてしまうし、結末に昂揚と感動を覚えてしまう。
時代物ならではの大仰な芝居、基本的に必要なものの説明はあるが多少は歴史についての知識と読解力が求められる、など若干のハードルはあるが、それさえ乗り越えられるなら、知的な興奮と極上のロマンを堪能出来る傑作であることは間違いない。フィクションである、と解っていても、シェイクスピアの戯曲に本篇で描かれたドラマを垣間見えてしまうほどに。
関連作品:
『コレリ大尉のマンドリン』/『未来世紀ブラジル』
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』/『レッド・バロン』/『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』/『マンマ・ミーア!』/『エターナル・サンシャイン』/『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』/『眺めのいい部屋』/『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』/『ノッティングヒルの恋人』/『アマデウス ディレクターズ・カット版』/『オックスフォード連続殺人』/『あるスキャンダルの覚え書き』
『素晴らしき哉、人生!』/『ロミオとジュリエット(1968)』/『ロミオ+ジュリエット』/『ウエスト・サイド物語』/『ウエスト・サイド・ストーリー(2021)』/『もうひとりのシェイクスピア』
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